2014年12月22日月曜日

おかあさんの言葉





小さい時おかあさんに言われたあんなことやこんなこと。
意外と大きくなるまで覚えているものです。

言われたことじゃなくても、ああされたのが嫌だった、
妹にはこうだったのに私にはああだったなどなど。

結構根に持っていることがあるのではないでしょうか。

私もいくつかあります。
手をつなぎたかったのに、つないでくれなかったことや
自分で選んだコーディネートを否定されたとき。
もうおかあさんなんて嫌だ、と思いました。

でも自分が母になってみると。
分かっていながらこどもが嫌がることを口にしたり
やってしまっている・・・

今なら理解できます、あのときのおかあさん。
おかあさんだって人間だから、完璧じゃない。
とっても不完全で、優しくなれないときだってある。

でもこどもにとっては、おかあさんは何時でもおかあさん。
おかあさんの愛情でしっかり満たされていても
「おおー、満たされてる!」なんて思ってくれない。
お腹のなかではぴったりくっついて、心臓の音が
聴こえて・・・それがふつうだったから。

弟や妹が産まれて、お母さんの与えられるものが半分に
なってしまうことに納得なんて出来ない。
きょうだいが2人だって3人だって、100与えてほしい。

それがこども。

「どうしておかあさんはあんなことを言ったんだろう」と
腑に落ちないことがあったとしても、もし自分の心も体も
大人になるまで健康に育つことができたのなら、おかあさんに
しっかり愛されていたということなんじゃないかなあ。

おぎゃあーっと外の世界に産まれた瞬間から、お腹のなかに
いたときほどはおかあさんと一緒にいることができなくなる。
だから、おかあさんに100%満足できるってことはなかなか
難しいんじゃないかなあ。

もしきょうだいがいるのなら、満ち足りない思いをしている
のが当たり前なのかなあ、と思うようになりました。

大人になっても、おかあさんはおかあさん。
おとうさんとは明らかに違う存在。
へその緒が切れても、ずっと繋がっている。

それがおかあさん。

ただただ広くて、深すぎる海のよう。
まさに三好達治さんの詩

***
海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして、母よ、仏蘭西(ふらんす)人の言葉では、
あなたの中に海がある。
***

今なら、分かります。
海の奥深いところに、暗くてよく見えない部分があったこと。

おかあさんの言葉は、まるで消えない魔法。

2014年12月10日水曜日

あまる、しあわせ




こどもが二人から三人に増えて感じたことは・・・


いろいろ、あまっています。


二人の親が三人のこどもを世話するとなると、
どうしても一人、あまっちゃいます。

だからだいたい誰か一人が泣いてたり、
拗ねてたり。

まさに

手に余る→
自分の能力を超えている。どう処理してよいかわからない。
手に負えない。

というかんじ。

夜、三人同時に大泣きされたときは本当にお手上げでした。
仕事に行っていた夫を大急ぎで呼び戻しました。

でも長男が我慢してくれたり、長女がお姉さんらしく
なっていったり、本人たちも知らないうちにお互い
助け合いながら親子共々成長しています。

手に負えないときも、自分だけのことだったら自分で
何とかしてしまうタイプの私ですが、ここまでどうにも
ならないと誰かの手助けを素直に受け入れられるし、
心からありがたいって思えます。

「Come Comer」というギフトサービスを行っている
友人のYokoさんが、出産後の私にくださったメッセージの
中にこんなことが書いてありました。

「みほさんを見ていると、『自立は、依存先を増やすこと』
という熊谷晋一郎さんの言葉を思い出します」

・・・
「実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」
と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。
だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。
・・・

私も以前熊谷さんのこの考え方にハッとさせられたことが
あったので、Yokoさんのメッセージはとても嬉しかったのです。

ひとりでがんばることが自立じゃない・・・
これは障害者の方だけではなく、お母さんにとっても
心強い言葉だと思います。

人に頼ることで、自分はもっと与えられるようになる。
そうしたら、幸せはもっと増えるんじゃないかと思います。

二人から三人になって、大変だけど幸せもあまりに大きいのです。

そして大切なのは、幸せであることをきちんと口に出すこと。
「しあわせだねえ〜」の一言を、こどもたちや夫によく言います。
そうすると、ありあまっている自分の幸せが家族にも伝わるのです。

あまりに大変で、あまりに幸せな子育て。
これからもいっぱい頼りつつ、いっぱい与えられる人になりたいです。

2014年12月4日木曜日

30年の時を刻む





今日我が家に届いた小さなダンボール箱。
そこには夫の待ちに待ったものが入っていました。

6年ぶりに復活した時計。

文字盤とベルトが壊れて以来、放置されていた
時計がふたたび時を刻みはじめました。

それはなんと夫が小学生のとき誕生日プレゼントで
お父さんに買ってもらったG-SHOCK。

1984年に買ったものらしいので・・・30年!!

夫は本当に物持ちが良くて、高校生のときに使っていた
消しゴムをふつうに今でも使っていたり、着ている服も
10年選手は当たり前なのですが、この時計は最も古い
思い出の品。

6年前電気屋さんで修理できるか聞いたところ、部品が
もうないと言われ諦めていたのですが、先日ヤフオクで
探したところ部品が売っていたそう。
値段はやや高かったのですが捨てるのはもったいない!
ということで部品を手に入れ修理を依頼したのです。

ずっと大切にしてきた時計を腕につけた夫はとても
うれしそう。

それを見て私もなるべくたくさんの物を大切に
使い続けようと思ったのでした。

妊娠中に行った葉山のsunshine+cloudにいた店員さんが
「僕はセーターについた毛玉が好きで、毛玉を切ることが
できないんです。愛着がわいちゃって・・・」とおっしゃって
いました。
ついつい毛玉が出来るときれいにしなきゃ、なんて思って
しまいますが、その「愛着を持つ」感覚がいいなと思いました。

人が年をとると経験によって得られた「味」を出すように、
身につけるものや生活をともにするものもずっと使っていると
独特の雰囲気を醸し出すようになります。
これからも夫とともにそれを楽しみ、慈しみながら
生きていきたいです。

2014年11月28日金曜日

裸で、ありのまま




5年半前長男を出産したあと、はじめての育児に戸惑っていた私。

産まれてすぐに、そして1歳になるまで長男はずっと2時間おきに
起きておっぱいを飲んでいました。
私は寝不足で疲れ果て、体重もどんどん減っていきました。

インターネットで見る友人たちの動向。
独身の女性たちはみんなキャリアを積んで活躍している中
自分はほとんど家にいて授乳ばかりの生活。

ほんの1年前までは朝から晩まで仕事をしていたのに。
夢中で毎日サーフィンをしていたのに。

自分がどんどん世の中から取り残されていく感覚。
自分が身につけてきた知識や経験が、出産と授乳によって
吸い取られ消えてしまうのではないかという錯覚。

私は焦って仕事に復帰することを決めました。

そんな自分がいまでは懐かしい・・・

赤ちゃんと一緒にいる時間がこんなにも愛おしい。
授乳の時間が宝物のように感じられる。

経験の為せる技?
これが最後の授乳かもしれないから?

理由はわかりませんが、この5年の間に私のなかで大きな
心境の変化が起きたことは確かです。

どれだけ世の中で存在を認められ、評価されるか。
どれだけ多くの人とつながって、自分をアピールできるか。
これが自分の好きなこと!と言える特技や職をもっているか。

「自分らしさ」って、そういうところにあるんだと思っていました。

でも今は。

「自分らしさ」って、探さなきゃいけないようなものじゃない。
そう思います。

目の前に赤ちゃんがいる。
その赤ちゃんは自分がいなければ生きていけない。

出産して、赤ちゃんがおっぱいを吸う。
そうしたら、自分の体から母乳が出てくる。
その母乳で赤ちゃんは何キロも体重を増やす。

当たり前で、誰も褒めてくれないようなこと。
でもそれは、すごいことだと思う。

すべての女性は母乳が出る体をもって生きていて
その体を思う存分発揮できる喜び。

それが、今の自分の生きがいだと思えるようになりました。
赤ちゃんが泣くたびに惜しまず授乳していると、家にいるときは
ほとんど丸出し状態(笑)。
それが今の私らしい生活。

子育てに喜びを感じてるお母さんたちは美しい。

大切な人たちに惜しまず何かを与えている女性たちは美しい。

最近雑誌やインターネットで「女子力」「妊娠力」を高めよう
というような文章を見かけるけれど、それは外から働きかけて
高めるものではなく当たり前にもっていたはずの力。

歳をとるたびに「与える」力を発揮する女性が宿しているもの。

そんな女性らしさを存分に発揮できる世界をつくりたいです。

2014年11月23日日曜日

父の記憶





毎日窓から見える景色がきらきら輝いて宝物のよう。
今年の秋は特に美しいような気がします。

妊娠中に買ったおばあちゃん助産師、坂本フジエさんの本
「大丈夫やで」〜ばあちゃん助産師のお産と育児のはなし〜
を改めて読んでみました。

妊娠中と産後では目に留まる部分が違って面白いです。
共感した部分を抜粋。


「お産にはお父さんの出番がちゃんとある」
産む苦労を知らなかったら、わが子といっても、タネを
仕込んだだけですから、父親の自覚なんて、希薄なもの
でしょう。けれど、二人で苦労して産んだ子は、どうしたって
かわいく思えます。

「『お父さん忙しいから仕事休めん』は、困ります。」
私は、かつて日本中の家庭でそうだったように、お産を
家族で乗り越えて欲しい。お産を通じて、家族がつながり
直して欲しい。・・・
けど、日本の男性は仕事優先で、お産になかなか協力的に
なりませんね。
お父さんが大きな顔してお休みできるよう、社会の仕組みを
変えていかないとダメです。そうでなければ、とてもじゃない
けど虐待はなくならんと思います。

「子育てがうまく行くかどうかのカギは、お父さんが握っている」
お父さんが生き生きとしている、子どもが「お父さん大好き」って
言える、そんな家なら、子育ては安泰なんです。
「うちのだんなさん、元気ないなあ」というお母さんは、
だんなさんが男気を発揮できる場面を奪ってないか、ちょっと
考えてみてください。

「一才を過ぎたら、さぁ、お父さんの出番や。子どもが十二才に
なるまで自分の時間はないものと思ってや。」
子どもが歩くようになったら、「分離の愛情」に切り替えなければ、
世間に出ていくことはできません。
お母さんの愛情は、子どもがいくつになっても「癒着の愛情」
なんです。これは、どんなに意識しても切り替えようがありません。
ですから、子どもが一才になったら、お父さんの出番。
「分離の愛情」を発揮できるのは、お父さんしかいません。


虐待や、引きこもりといった家庭に存在する問題の原因。
すべてではないけれど、「お父さんの存在感」が一つの大きなカギ
なのではないかと感じます。
離婚や死別で「お父さんがいない」のであれば、残された者同志で
助け合って生きていこうとし、子どもの優しい心を育ててくれる
と思いますが、「お父さんがいるのに存在感がない」ことは、
子どもの心から冒険心や好奇心、外の世界に出ていく勇気を
奪ってしまうことがあるような気がしてなりません。

私の父はとても仕事熱心で家にいないことも多かったけれど、
休みの日には姉と私が小さな頃から、外に連れ出しかなりの
距離の散歩をさせてなかなか帰宅せず、母を心配させていた
そうです。姉はへとへとになるまで歩かされたとか。
そんなひとつひとつの経験が積み重なって、外に出ることの
楽しさや忍耐強さが培われるのかもしれません。

次回「ぱぱとままになるまえに in鎌倉」を開催する際には
「父の存在」がどのように今の自分につながっているか?
についても話し合えたら面白いなと思っています。

2014年11月9日日曜日

産後のギフト





先日の「ぱぱとままになるまえに」in鎌倉でも一緒にお話した
高校からの友人Yuzoさん。奥さまのYokoさんとのケータリング
ユニットである”EL MUNDO”が提供している出産祝いギフト、
Come Comer(コメコメール)を自分のために注文しました!

産後すぐに家族のためのご飯を作るのは、簡単そうでなかなか
難しいものです。せめて数日だけでも誰かが作ってくれたら・・・
そんなタイミングで、こんなにおいしいお料理のギフトを
いただいたら本当にうれしいのではないでしょうか。

お料理にはその季節の素敵な花と心に響くメッセージが
添えられていて、おいしいだけではなく新しい命の誕生を
一緒に祝ってもらっている、という喜びも感じることが出来ます。

繊細でからだに優しいYuzoさんのお料理と、センスの光る
Yokoさんのおやつ&メッセージカードで疲れた体も癒されました。

おふたりのブログを読むと、愛が溢れる子育ての様子や
暮らしぶりを感じとることが出来ます。





今回のメニューは

・もちもち酵素玄米
・7種の野菜のスパニッシュオムレツ
・ふうチャンプルー
・アラメの煮物
・筑前煮
・ジャガイモとカリフラワーのサブジ
・豆と雑穀のミネストラ
・ざくざく全粒粉クッキー

でした。どれも本当においしくて、あっという間に家族で
たいらげてしまいました。

地域限定なので、誰にでも贈れるわけではありませんが
大切な友人が出産した際に贈りたいギフトです。

こんなサービスがこれから増えてくれたらいいなーと
思います。

Yuzoさん、Yokoさん、本当にありがとう!

2014年11月3日月曜日

小さな命




10月29日AM1:30

我が家のリビングルームに産声が響きました。

10分おきの陣痛。

産院へ向かおうと準備しているとき、急に
「これは間に合わないかも」という痛みが来て
夫に急いで布団をしいてもらい、5分後には
破水し、いきんでいました。

それを確認した夫は電話で救急車を呼び、
私を励ましながら、出てきた赤ちゃんを取り上げ
タオルで拭き、電気ストーブで温めてくれました。

数日前から前駆陣痛があったので、本物を見分ける
自信がなくなり、ふたりで自宅出産を予習していました。

でもまさか現実になるなんて。

いまでも思い出すとどきどきしてしまいます。

幸い母子共に経過はよく、今日から家での生活が
はじまりました。

10月28日は、父の1周忌でした。
その翌日に産まれてきた命。

きっと父が見守ってくれていたのだと思います。

4度目の出産も忘れられないものとなりました。
妊娠中支えてくださった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

また感じたことなど、おいおい書いていこうと思います。

2014年10月18日土曜日

心地よい場所


産休に入ったので、先日ずっと行きたかった逗子の
「Beach Muffin」でお昼ご飯を食べました。

お肉を使わないVegan Cafeです。
小屋のような雰囲気がとてもアットホームで居心地抜群。





チリビーンズ、とっても美味しかったです。

店名にもなっているマフィンは5-6種類あり、
手作りならではの味。

ソファ席も多いのでお子さん連れでも大丈夫です。
スイーツ、豆やスパイス類を購入することも出来て
ついつい帰りは荷物が増えてしまいます。


さらにちょっと足をのばして葉山の「sunshine+cloud」
にお邪魔しました。

お目当ては前回の投稿でもご紹介したブランド「dosa」の
2014 traveler collection。

今年で30周年を迎えたdosaのアニバーサリーコレクションは
今までのアーカイブの中から、過去に使用した素材を使ったり
名作をリイシューしたコレクションだそうです。

デザイナーのクリスティーナ・キムさんは愛用してくれている人
たちに向けてメッセージを送り、彼らの大切にしてきたdosaの服を
自分のところに送ってもらい、その愛情を感じながら今回の
コレクションを手がけたそうです。

オーガニックコットンやペットボトルから作られたリサイクル
ポリエステルフリースなどで作られた、とても温かみが
感じられる服たちでした。

sunshine+cloudには長尾智子さんプロデュースの食堂も
併設されていて、新鮮なお野菜がたっぷり食べられます。

お店の方も本当にいい方ばかり。
買わなくても世間話が弾んだりして、気持ちよく接してくれます。

衣食住、だんだんと地元だけで事足りるようになってきている
のが嬉しいです。だから鎌倉・逗子・葉山はやめられない〜。

2014年10月12日日曜日

ぱぱままイベントを終えて



遊び疲れた子供たちが早く寝てくれたので、さっそく今日行われた
【ぱぱとままになるまえにin古都・鎌倉】
「海の見えるまちで考える、これからのこと。」
を終えてのご報告です。

開始までは「本当に人が集まるのかしら」と不安でしたが
20数人の方が来て下さいました。
前回話したときと比べると、今回は結婚をまだしていない、
未来に希望と不安を抱きながらも、日々懸命に生きている若者が
多く、率直に自分の経験してきたことを話せたような気がします。

私が20代の頃と比べると、イベントに来てくれた若者の皆さんは
真面目に「自分が世の中でできることはなにか?」を探している
ような印象を受けます。
そんな皆さんと接して、逆に私が未来に希望をもつことができました。

「ぱぱまま」イベントのいいところは全員がメインパーソンであり、
全員で意見を交わし合えるところ。
最後に皆さんが参加した感想を述べてくれたのですが、すべての方が
何かしらを持ち帰ることができた様子が伝わってきて、
とてもうれしかったです。

目指すは
妊娠・出産を前向きに考えられる環境をみんなで整えること。
こどもたちが明るくのびのびと育たなければ、明るい未来はないから。
そのためには、ぱぱとままだけじゃなくてみんなのサポートが必要。
たくさんの悩みをもった若者や、たくさんの経験を積んできた大人の
知恵を出し合って、「大家族のまち」を作りたい。

ありがたいことに鎌倉地域にはすでにこどもたちのために色々な
取り組みをしている先輩ぱぱままたちがいます。
その方たちとのつながりを作りつつ、新しい動きを作っていけたらと
思っています。

出産後、落ち着いたら第2回ぱぱままin鎌倉ができるように
地域で協力し合える仲間を募っています。
「わたしも!ぼくも!」という方がいましたら、ぜひお声掛けください。

2014年10月8日水曜日

臨月





長女妊娠時のエコー写真。 9週目は2cmでした。
7ヶ月後には45〜50cmになるのです。


いよいよ臨月に入りました。

無事逆子がなおり、赤ちゃんも元気に動いています。

ここまでの9ヶ月間大きく体調を崩すこともなく
過ごしてきましたが、やっぱり2人子育てしながらの
妊娠は大仕事だなと感じました。

私は妊娠すると毎回耳管開放症に悩まされます。
普通に過ごしている時も耳がぼわーっとして、トンネルに
入ったような状態が続くのです。
短時間であればそんなに気にならないのですが、しばらく
続くと結構なストレスになり、「わー!!」っと叫びたく
なるときもありました。

ただ出産後自然に治ることがわかっているので特に
治療はせず、症状がひどい時はひたすら歩いて気分転換
しました。

あと大変だったのは、2歳の長女の夜泣き。
ひどいときは夜の間4回ほど起きて娘を抱っこして
寝かしつけ。10kgの娘を抱っこするとお腹が張ってしまうので
余計いらいらしてしまい、娘に当たってしまうこともよく
ありました。

特にひどい夜泣きが3−4ヶ月続きましたが、ようやく
この1週間でおさまりました。
臨月になると寝返りがうてず、トイレも近くなるため
朝までぐっすり、とはいきませんが眠いときに急いで
立ち上がって抱っこするという動作がなくなっただけで
本当にありがたく感じます。
そして夜寝かせてもらえるというだけで、娘が可愛くて
仕方なくなりました。

今回の妊娠では「ああ、大変だなあ」と思うたびにお腹の
赤ちゃんがぐぐぐっと動き「わたしは元気だから大丈夫だよ〜」
と伝えてくれました。

賑やかな私たちの家に来ることを選んでくれたお腹の子に
会えるのが本当に楽しみです。

たくさんの不安を乗り越えられたのは、夫と友人たちのおかげです。
夫は子供たちに「人間を産むんだからママは神様だ!」と
教えています(笑)。おかげで子供たちもママを大切にしなくては
と思ってくれている様子。

未来をつくる子供たちが笑顔でいられるかどうかはパパがママを
どう支えるか?にかかっている気がします。
ママの笑顔が消えたら、子供たちの笑顔も消え、心はどんより。
いかにママのストレスを減らし、子供と笑顔で接するように
支えられるかが、子供たちの成長と将来のためにとっても
重要だと感じたマタニティライフでした。

纏う その2


友人から教わったことがきっかけで知った、
大好きなブランドがあります。

デザイナーであり、アーティストでもあるクリスティーナ・キムの
ブランド「dosa」です。

オーガニック、リサイクル、ハンドメイドをコンセプトとしていて
インドで女性が床に座り手縫いで仕上げた生地をLAの工場で
縫製・仕上げをして出荷するそうです。

dosaの縫製工場は従業員30人ほどで、自分で責任の持てる範囲でしか
生産をしていません。

クリスティーナさんはベルリン映画祭の為にベルリンに赴き、
古い映画のポスターを加工してつくった大きな蚊帳を作ったり、
過去に製品にして余った切れ端を縫い合わせてカーテンを作る等
消費を促す現代の消費社会に対して新しい消費生活の在り方、
アパレルの取り組みの方法を問題提起しています。

私がいいなあ、と思うブランドはどれも「エシカル」や
「フェアトレード」を思い切りアピールしているわけではなくて、
もしそうじゃなかったとしても、欲しいと思えるものを
作っている人たちです。

地球環境にそこまで関心のない人たちの間にも根強いファンがいて
それでも自然に信念とコンセプトが広まっていく、というような。
「手で作った」「自然と共存している」というだけでなく、
確かな「美しさ」が根底にある。
というところが柳宗悦の民藝論とも少し似ている・・・と勝手に
結びつけています。





dosaのluna bag。
アフリカ ヨルバ族のヴィンテージファブリックのパッチワークで
作られた、この世でたったひとつの柄のバッグです。
本当にたくさんの柄がある中、迷いに迷って選んだひとつ。
裏地は丈夫なコットンキャンバスで、ママ用のバッグとしても
すごく便利です。

大好きな服はどれもインドのカーディが使われていて、そこには
素材にこだわるデザイナーにとって余程の魅力があるんだろうなぁと感じます。
今後もっと深く知ることが出来れば、と思います。

2014年9月28日日曜日

9月勉強会@もやい工藝 その2



勉強会後半は薩摩焼、主に苗代川焼についてのお話でした。

今では龍門司焼などで有名な薩摩焼ですが、もともと薩摩に
焼物があったわけではなく、戦国時代に朝鮮から連れて来られた
陶工たちによって独自の発展を遂げてきたそうです。

最初は白土に絵付けをして貴族向けのものだけを作っていた
薩摩焼。のちに庶民向けの日用雑器としての「黒薩摩(くろもん)」
が発展しました。

薩摩焼のお話で印象に残ったのは、日用雑器として作られた
土瓶の足についてです。

薩摩は幕末まで軍事産業に力を入れていたため、庶民の生活は
とても貧しく、住居は他の地域のように板の間中心ではなく
ほとんどが土間のような空間だったそうです。

そのような暮らしに合うよう、当時の土瓶の足は土間に合わせ
先が尖っていました。沖縄など、板の間の生活が中心の場所で
作られる土瓶の足は、板が傷つかないよう薩摩に比べて丸みを
帯びているそうです。

まさに暮らしと密着した日用雑器。
沈壽官窯、苗代川窯のことはほとんど知りませんでしたが
それぞれの窯にまったく違う歴史と特徴があることを知り
ますます父の故郷である鹿児島に魅力を感じることができました。

その土地の自然との結びつきはもちろんですが、それだけでなく
その土地の歴史、そのものが生まれた背景や社会性も含めて
ものを見ることの大切さを実感しました。

勉強会に参加するたびに、久野さんのように自らの足と目で
会得した知識を十分に語ることのできる人が他にいるだろうか、
今後存在するだろうか、とつい心配になってしまいますが
久野さん自身もそれを憂いて現在後進のために一生懸命活動
されているので、少しでもそれをお手伝いできるよう、今後も
知識を深めていきたいと思いました。




写真:沈壽官窯の土瓶。もやい工藝ブログより

2014年9月27日土曜日

9月勉強会@もやい工藝 その1


今日は夫に子守りを頼み、鎌倉もやい工藝にて学習会に
参加してきました。

テーマは「薩摩焼」でしたが、同じ九州ということで
はじめに小鹿田焼についての貴重な映像(昭和38年のもの!)
を見せていただきました。

恥ずかしながら実際の作陶現場に行ったことがないため、
今ではめずらしい蹴りろくろで器を成形していくところや
いくつものウルカ壷が次々と同じ形に出来上がっていく様を
見ただけでとても感動しました。

映像で見る小鹿田の人々の着ているものは、今の私たちとだいぶ
違うにもかかわらず、蹴りろくろや、竿と杵と臼で陶土をつく唐臼、
共同の登り窯など伝統を守り続け、現在も昔とほぼ変わらぬ姿を
小鹿田皿山の窯がとどめていることは本当に貴重なことであると
実感することができました。

久野さんのお話のなかで印象に残ったのは、小鹿田焼の窯焚きでは
通常使われる松ではなく、燃焼効率の悪い杉を使うというお話。
その理由はまず小鹿田が日田杉の産地であること。
そして小鹿田の陶土は高温に耐えられないため、松に比べ燃えにくい
杉がちょうどいいということです。
すべてにおいて選択の基準が「自然との調和」であると知りました。

窯では杉を伐採する際に出る木っ端をタダで譲ってもらえるため、
運び賃だけで済むそうです。また、伐採する側にとってもタダで
引き取ってもらえるのでとても助かるそう。
地元で採れる土と地元の素材でつくられる釉薬。水にくぐらせた
土を漉す際に使われるのも地元の杉皮。すべてが自給自足で
成り立っていて、さらにその器が全国的に知られ、認められている
というのは、今後日本の経済が目指すべき姿そのものではないかと
思いました。

前回の石見焼もそうでしたが、自然からいただいたものを決して
無駄にせず、大切に使い続ける真摯な職人さんの姿に頭が下がる
思いでした。

機械製品とは違って、火の加減などにより時として他のものと違う
仕上がりになることが民藝のおもしろさ。でもその仕上がりになった
理由ははっきりと述べられる。不規則と思われがちな自然の作用には
しっかりと規則性がある・・・
という久野さんの言葉がとても印象的でした。

伝統を受け継ぐ民窯から学べることが私たちにはたくさんあるような
気がします。

長くなってしまったため、薩摩焼についてはまた次回にします。




2014年9月22日月曜日

纏う


以前ブログ記事でも書いた、岩立フォークテキスタイルミュージム
で見た刺し子の野良着が頭から離れず、夫の破れたボードショーツを
刺し子で丈夫にしようと思い立ちました。





数時間費やしたものの、縫い目はガタガタ、そしてなかなか
縫い終わらず。。。

昔の女性の忍耐力は本当にすごい、という驚きとともに感じるのは
現代人が便利さと引き換えに手に入れた時間の費やし方。
刺し子をする時間と同じくらいの時間が、facebookや
ネットサーフィンで簡単に過ぎ去ってしまうことを実感します。

ただひたすら目の前の無償の行為に集中すること。
自分の欲を消して誰かのために成し遂げる仕事を繰り返すことが
本当の美に繋がるような気がしてなりません。

現在行われている日本民藝館の展示は「カンタと刺し子」。
告知を見ただけで溜め息が漏れました。
来月足を運んでみようと思っています。



手仕事の日本めぐりはまたまた足踏み状態ですが、今後も
何回か「服」や「布」をテーマにブログを書いてみます。

2014年9月21日日曜日

ぱぱとままになるまえに in 鎌倉




久しぶりの更新です。

以前このブログで告知していました「ぱぱとままになるまえに in 鎌倉」
がいよいよ実現します。

前回スピーカーとして参加させていただいた際、結婚や出産に
不安を抱いている方たちと接するなかで、「いろんな経験を経てきた
人たちと意見を交換し合うことで、100%明確な答えではないけれど
自分らしい答えを見つけてもらえる」ということを実感しました。
それを自分の暮らしている町でも少しずつ広げられたら・・・
そんな思いで今回「ぱぱまま」主催者であるひろみさんにお願いし、
手をあげました。

これから妊娠/出産を迎える可能性のある・なしにかかわらず、
これまで妊娠/出産を経験したことのない方や、不安を抱いた経験
のある方に参加していただければとてもうれしいです。
これまで男性1人で参加してくださった方もたくさんいたので、男性
にも今後の人生のためにぜひ参加していただきたいです。
鎌倉在住でなくとも、興味があればこちらからお申し込みください。

いよいよ妊娠34週目を迎えました。
「ぱぱまま in 鎌倉」が開催される頃には臨月の36週目に入ります。
それでもまだ何が起こるか分からない不安に包まれています。

人間は自然環境に対するのと同じように「産むこと」と「死ぬこと」
さえも自分たちの思い通りにしようと躍起になっています。
でもやっぱり「産むこと」と「死ぬこと」だけは、どうにもならないときが
あります。自分の努力で変わる部分はあるけれど、死ぬタイミングや
赤ちゃんが産まれてくるタイミングを決められないように、
自然に身を任せるしかない部分がとても多いのです。
だから「案ずるより産むが易し」という言葉があるんだと思います。

でも人間は案ずるのが大好きなのも事実。
動物や植物であれば「子を産み、育てるために存在している」と言い切れる
けれど、人間はだんだんとそう言えなくなってきています。
そんな社会のなかで子を産み、育てることはとても不安。

妊娠/出産は男性と女性が初めて接する「自分たちでコントロールできない」
出来事かもしれません。だからこそ不安がとても大きいし、その出来事が
今後の夫婦関係にも大きな影響を与えます。
そして「こうすればうまくいく」という答えもありません。
妊娠/出産にも、夫婦の支え合い方にも、たくさんのカタチとたくさんの
答えがあります。
イベントに参加してもらうことで、そのうちのいくつかのカタチに出会い、
今後の糧にしていただけたらと願っています。

2014年8月29日金曜日

あと2ヶ月





前回の検診では1500-1600gになっていた赤ちゃん。
娘の夜泣きが大変でも、赤ちゃんがお腹のなかで
一生懸命生きている姿を見ると勇気が出ます。

息子も娘も、こうやってお腹のなかでぎゅうっと
丸まっていたのに、今では元気に走っているのが
奇跡のように思えます。

いつ消えるともわからない命。
もし死ぬときに幸せを感じられるとしたら、それは
どのくらい多く成し遂げたかや手に入れたか、ではなく
どのくらい無償の愛を与えられたか、なのでは?と
最近思うようになりました。

あと2ヶ月で出会えるこの子にも、今一緒にいる
こども2人にも、いつ死んでも後悔しないように
いっぱい愛情を注いでいこうと思います。

今日からしばらくPCを修理に出すので、ブログの更新が
ますます滞ってしまいそうです。
携帯もスマホじゃないのでほとんど何も見られなくなります。
それはそれで読書に耽る楽しい日々になりそう。

では皆さんもよい秋の日々をお過ごしください。

2014年8月23日土曜日

勉強会@もやい工藝




島根県 石見焼 宮内窯のすり鉢


今日は1週間外出できなかった鬱憤を晴らすべく(?)、
もやい工藝での学習会に参加して来ました。

テーマは石見焼。
かつて石見地方の海岸線には多くの窯が並んでいたそうです。
なかでも来待(くるまち)釉の釉薬瓦で知られる石州瓦専門の
窯や、粗陶器である半洞(はんどう)甕/大きな容器を作る窯が
多くあったそうで、窯の様子や製作方法などを映像とともに
見せていただきました。

この地域で採れる陶土は酸にも塩にも強く、梅干しなどを
入れるための容器として最も適していました。また、土は
焼き締まると磁化して割れにくくなる特質があったため、
一時期は日本中にこの壷・甕類が出荷されたそうです。

しかし時代とともに大きな壷や甕の需要は低くなり、
大物づくりから転化できなかったいくつかの窯は廃業して
しまったそうです。伝統を守りながらも時代の変化と需要に
うまく対応することが手仕事に必要不可欠であると再認識
しました。

相変わらず次から次へと言葉が溢れ出てくる久野さんのお話で
印象に残ったのは、小鹿田焼が薄焼きであるのに対して、
石見焼が厚焼きである理由についてです。
小鹿田は山深いところに位置しているため、運ぶのに馬を
使うため軽くする必要があり薄くなったとのこと。それに対し
石見はすぐ近くから船で運ぶことができたために重いまま発展
したそうです。

その地域で採れる土の特徴。
その地域の原料で作られる釉薬の特徴。
その地域の人々の暮らし方。
その地域の歴史、風土、交通の便。

南北に延び、風土と文化において他の国にはない多様性をもつ
日本だからこそ、こんなにも多くの手仕事が発展したことを
改めて感じさせてくれる勉強会でした。

2014年8月22日金曜日

夜泣きと水疱瘡その3




2年前の8月、元気に産まれてくれた娘。


夜泣きでつらい思いをしたときは、産まれた時の
写真を見たり、寝ている我が子の心臓の音を聴いたり
すると心が落ち着きます。

助産院の暗い部屋で産まれ、すぐ母親に抱かれる
赤ちゃんはあまり泣かないというけれど、本当かな。

我が子は病院で産まれたので大きな声で泣いていました。
いままであたたかいお腹の中で、お母さんと一心同体
だったのにいきなり離されちゃったら泣くのも当然です。

きっとびっくりして、不安で、混乱しているのだろうな。

夜泣きもきっと、新たな「誕生のとき」なのかもしれない。

あたらしい環境で、あたらしい能力を身につけて、どんどん
成長していく頭の中。
お母さんから離れて遊べるようになった自分。

でも寝ているときには赤ちゃんにもどっていて、ふと起きた瞬間
真っ暗闇の中で一人で眠っている・・・

その恐怖と不安が夜泣きなんじゃないか、と思います。

しっかりと大地に足をつけてたくましく育っている長男5歳。
言葉を身につけはじめ、ふたたび新しい世界に産まれようと
している長女。
2ヶ月後にはじめて外の世界に産まれてくる次女。

長男のときは初めてのことだらけで少し神経質になってしまった私。
長女の時は次男の死を経験していたので、心配しすぎだった私。
今度産まれる赤ちゃんは、ゆったりと、おおらかな気持ちで育てたい。

3人それぞれを、あたたかい心でぎゅうっと抱きしめられるように。
母はまだまだ修行が必要です。

夜泣きと水疱瘡その2




子どもがいなかった頃は、毎週末海に行っていたこの時期・・・


なんともタイミングの悪いことに、先週末から
娘の夜泣きと水疱瘡と夫の出張が重なりました。

ひとりで乗り切れる自信がなかったので、実家から
母に来てもらいました。とはいえ、母も病気で娘を
抱っこしたり息子の保育園への送迎はできないため
基本的に炊事のみ手伝ってもらいました。

今後我が子の水疱瘡を体験するお母さんも多いと
思うので、だいたいの経過を記録。

1日目
顔と背中に赤い発疹
発熱38.5℃
日曜だったので救急を受診
塗り薬(フェノール・亜鉛華リニメント)処方
機嫌よく食欲もあり
夜は2回ほど起きる

2日目
全身に赤い発疹どんどん増え続ける 水疱もちらほら
痒みで一日中不機嫌
ひたすら抱っこでほとんど地に足をつけなかった
昼間は30分以上寝ない
熱が下がらず、解熱剤を一回飲んだもののすぐに
熱が上がってしまった
夜は3~4回起きる

3日目
発疹が少し大きくなって瘡蓋状態のものも増えた
痛い、抱っこの繰り返し
熱はまだ下がらず
夜泣きのような叫びで2〜3回起きる

4日目
発疹は増えなくなり瘡蓋が増えてきた
いくつか掻き壊して水っぽくなった
熱がやっと下がってきて機嫌が少し良くなった
夜はまだ2〜3回起きる

5日目
ほとんど瘡蓋になってきた
抱っこしない時間が増えてきた
夜は2〜3回起きる

6日目
金曜日ふたたび受診。
まだまだ顔や背中は瘡蓋だらけ。
月曜日には登園可能とのこと。
昼間は添い寝で長く寝てくれた。
ついに夫が帰宅。ずっと抱っこしてくれる。
夜も添い寝してくれているせいか、20:30に就寝、
現在23:00まで夜泣きなし。

病気なのに、昼寝もほとんどせず夜泣きする我が子。
その体力に驚きました。
今回一番つらかったのは、クーラーのない我が家で
40℃近い熱を出した娘を夜中までひたすら抱っこしたこと。

長男が産まれてから5年半、朝まで連続して寝られたことは
ありませんが、それでも幸せな子育て。
さすがにこの1週間は出張中の夫に愚痴のメールを送りました。
夫も好きで家から離れたわけではないのに、帰宅後は全面的に私を
サポートするという旨の返事をくれたことで救われました。

この1週間は娘の夜泣きに何度か涙を流しましたが、それでも
やっぱり乗り越えていっちゃうのが、毎回不思議です。
その3につづく。

夜泣きと水疱瘡その1





息子が書いた「たたかう人」。
この1週間、もし心がそのまま見た目に表れるとしたら
私はこんな感じだったと思います。

久々に子育て記事です。

今月からふたたび夜泣きが始まった2歳の娘。

ネットで調べると、お子さんの病気や夜泣きで悩む
お母さんがとっても多いことがわかります。

とくに夜泣きは、いつ終わるとも知れない長いたたかい。
少しでも同じ思いを抱えている人と気持ちをシェア
したくなります。

娘は3ヶ月くらいまでよく寝たのですが、その後は2時間
おきに起きていました。現在5歳になる息子のときも
卒乳まではそうだったので「卒乳すれば寝るだろう」と
思っていましたが・・・

娘は1歳の卒乳のときに狂ったように泣きじゃくり、長男とは
だいぶ性格が違うかも??と気付きました。

卒乳から少したつと、だんだんぐっすり眠るようになってくれた
娘でしたが、2歳になり保育園であまり泣かなくなった途端
家での夜泣きがはじまりました。

12時前くらいに突然泣き出し、「ぎゃあああっ!」と叫び
続けること30分〜1時間。何をしても泣き止みません。
その後ようやく落ち着かせて、同じくらい時間をかけて抱っこで
寝かせます。

そしてまた明け方5時頃に叫び声。
妊娠8ヶ月の重いお腹の上にのせてひたすら抱っこ。

人間を深い眠りから無理矢理起こすという実験をひたすら
繰り返すと発狂する、という話を聞いたことがありますが
夜泣きに付き合う母親もまさにそんな心境だと思います。

昼間は本当に本当にかわいいと思える我が子。
それなのに、夜中叫び続ける娘に付き合っていると、ときどき
「自分はこのままだと虐待してしまうのではないか?」と
思うほど重たいドロドロとした気持ちになります。

よく虐待のニュースを見て「信じられない、かわいそう。」
というコメントを見かけますが、夜泣きを経験してから
他人事とは思えなくなりました。
救ってあげなければならないのは、子どもではなく母親なんだ
と思うようになりました。

昼間は家事や仕事を頑張って、夜は眠らず我が子の夜泣きに
付き合っているのに穏やかな気持ちでいられるほうが不思議
だと思います。

それでも「望んで産んだ子だから」と母親は責任を背負い、
子どもにあたってしまう自分を責めがちです。
それを救ってあげられるのは周囲の人たちしかいません。

私には幸い、夜中寝かしつけを代わってくれる夫と、
やさしい労いの言葉をかけてくれる友人がいたおかげで
平和な気持ちを取り戻すことが出来ました。

核家族がすすむ現代では、そんな風に何人かの人たちで
母親を支えていかなければ、虐待や子どもが育ってから起きる
問題・・・自殺、鬱病、虐待の連鎖など・・・が増えてしまう
のではないかと思います。

「夜泣きは必ず終わるものだから、頑張れ!」という言葉も
ネット上で多く見られますが、むしろ頑張らずに思いを共有
できる場を作らなければならないと感じています。

その2に続く。

2014年8月13日水曜日

工藝


もやい工藝オーナーであり、手仕事フォーラム代表の
久野恵一さんにお願いして、貴重な本をお借りしました。




出版当時の「工藝」です。

昭和17年に発行されたもので、当時の定価は参圓五十銭。
挿し絵は芹沢けい介、装幀は鈴木繁男、文章は柳宗悦という
まさに民藝運動の中心人物たち。




この回は染色特集。




なんと布の色見本写真をそのまま糊で貼ってあります。
よく一千部も作ったものです。これだけで立派な手仕事…

紹介されている東北の民藝品がまた素晴らしいので、いくつかご紹介します。




山形周辺で作られていた尾花帽子。
激しい風雨を守るためのもの。
この装飾のセンスには目を見張る物があります。




東北の雪下駄と藁靴。

今は作られていないものも多くなってしまいましたが、存在していた
事実だけでも伝えられる貴重な資料です。

巻頭の民藝について語られた文章が素晴らしいので一部抜粋します。

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民藝品とは民衆が不断の生活に用いる実用品との義で、何も趣味的なもの
でもなく、又珍奇な骨董品を意味するものでもありません。
民藝を鑑賞品と間違える人がありますが、そういうものとは性質が
違うのです。一番当たり前な誰でも知っている品なのです。
(途中省略)
祖先を崇めることは、東洋の徳であるとよくいわれますが、一つの
品の中にも祖先の息は通っているのです。
新しさを追う時代は、過去の歴史をとかく古くさいものとして見捨て
がちですが、伝統は捨つ可きものでなく、それを活かしてこそ未来が
健全に又確実に育つのだといわねばなりません。

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静かな情熱の塊のような冊子。
先祖に感謝する時間でもあるお盆に、このような文章に出会えて
幸せです。
文章のコピーをとったので、読みたい方は声をおかけください。

2014年8月10日日曜日

松本民芸家具のこと





池田三四郎さんの著書、「松本民芸家具への道」を読みました。

「もやい工藝」で長年使われてきた松本民芸家具の椅子を
目にして以来、そして松本民芸家具カタログの巻末にある
池田三四郎さんの文章を読んで以来、我が家でも松本民芸の家具を
少しずつ集めはじめました。
中古で手に入れたものもあれば、新しく注文して作って
いただいたものもあります。

出来上がった家具のイメージからほど遠く、創始者である
池田三四郎さんの人生は壮絶なものであったと知りました。

でも、だからこそものすごい信念と情熱をもって家具作りの
プロデューサーとなることができたのだと分かり、ますます
家にある家具に愛着を持つことができました。

ぜひ若い世代の方たちにも読んでほしい一冊です。

そんな三四郎さんの熱い思いが込められたカタログの文章を
一部抜粋してご紹介。

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本当の家具作りには、どうしても手工芸を無視できない面があります。
というのは家具は一般の工業製品のように、ただの消耗品として
作られるには、あまりにも人間生活と密着しているものだからで
あります。長い年月の間、日常生活の友として、使えば使うほど、
自分と離れがたい関係を感じさせるものは家具であり、その間に
醸される人間性に手工芸が一番深いものを生じさせるからであります。
・・・
また外国では古くから家具は大切な財産の一部として、子孫に伝えられる
習慣があり、これは今でも残っていて、家を建てることと同じく
生涯の伴侶としての家具の選び方は慎重であります。

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今住んでいる家を建ててもらった天然住宅の理念と通じるものがあります。
こどもたちにたくさんのお金を残すことはできそうにありませんが、
この家と、家具には私たちの思い出と生き方が込められています。
それが少しでもこどもたちの役に立てばいい、と思います。

でもそれより何より、職人さんたちの手で作られた美しい家と家具に
囲まれて日々を暮らすことは、何よりも楽しく、毎日に潤いを与えて
くれるのです。

2014年7月24日木曜日

過去から現在を辿る一日


いつも旅の相手をしてくれる10年来の友人と都内で手仕事
めぐりをしました。

まず日本民藝館で開催されている濱田庄司展へ。




濱田庄司の作品をまとめて見たのは初めてでしたが、もう終始口を
ポカーンと開けて見てしまうような器ばかり。
同時期に活動していた棟方志功の書と一緒に展示されているものが多く
ふたりの才能に圧倒されました。

濱田庄司の絵付けも、棟方志功の書もとにかく枠からはみ出して
収まりきらない力強さ。無我の境地に達している感があります。
どうすればあのような感覚をもつ人に育つのだろう・・・
現代の教育に当てはめたら、こういう人は育たないのではないか?
と、ついつい母親目線で考えてしまいました。

来館者には外国の方も多く、日本の民藝が世界的に評価されていることを
嬉しく感じました。

濱田庄司とともに民藝運動に関わっていた河井寛治郎やバーナードリーチの
作品、濱田庄司が影響を受けた世界の民藝品も多く見ることができ、とても
魅力的な展示でした。
民藝館の雰囲気も相変わらず素敵です。

その後足を運んだのは、自由が丘にある
岩立フォークテキスタイルミュージアム。
展示は「日本の衣-原始布や野良着の美しさ」でした。
普段は世界の布を展示しているそうですが、日本の展示は初めてとのこと。

実際に着用されていた子供の半纏や着古された野良着の縫い目や刺し子に
愛情が感じられる、素晴らしい展示でした。

本当に日本人の手仕事に見られる文様のセンス、ものを大切にする精神、
自然を受け入れる心には敬服します。
小さな小さなミュージアムですが、是非多くの人に見てもらいたいです。

最後は世田谷尾山台にある「手しごと」へ。
手仕事フォーラム代表であり、鎌倉「もやい工藝」店主である久野恵一さんが
代表を務めるお店です。

「もやい工藝」とはまたひと味違う洗練された明るい雰囲気のお店で、
民藝好きでなくともお気に入りの一品を見つけられると思います。

かつての日本人が暮らしのなかで身に着けていた衣。
その日本人の暮らしの美しさを見いだし、民藝という概念で世に
残そうとした人たちの器。
さらに民藝の概念を受け継ぐ現代の手仕事を広める役割を担うお店。

過去から現在へと継がれた日本の美しさをまるごと身体で感じられた、
なんとも濃密な1日でした。

八尾和紙


手漉き和紙に型染を施した和紙製品で知られる富山・八尾にある
「桂樹舎」の創始者、吉田桂介さんが7/19に亡くなられました。

22歳で柳宗悦氏と出会って刺激を受け、以来和紙作りを生涯の
仕事と決めて民藝和紙の普及に情熱を傾けた方です。

手提げや雑貨など、時代のニーズに合ったものを展開したことで
失われかけていた八尾和紙の伝統を継続させた作り手としての
功績もさることながら、民藝運動家としても多くの人に影響を
与えたということです。

これまで欲しい欲しいと思いつつ、機を逃していたのですが
哀悼の意を込めて「桂樹舎」の箱を購入しました。





八尾和紙の伝統的な製法を守り、草木染めで染めた紙で作られた
文庫箱。

美しい模様にも目を見張る物がありますが、手に取ったときの
ずっしりとした重みに驚きました。
紙とは思えない丈夫さです。

99歳まで情熱を絶やすことのなかった人生。
むしろ、情熱を絶やさなかったからこその大往生なのでしょう。
心よりご冥福をお祈りします。

2014年7月9日水曜日

手仕事の日本めぐり:秋田



スローペースながら続く手仕事の旅。
今日は岩手から秋田へやってきました。

秋田でもたくさんの素晴らしい手仕事が受け継がれています。

うつわでは、楢岡(ならおか)焼。
「貧しく安ものを焼く小さな窯でありますが、東北第一と
讃えても誤りではないでありましょう」と、柳宗悦が
「手仕事の日本」のなかで評価しています。

一番の特徴は海鼠釉と呼ばれる、鉄分を多く含む泥が
陶土の鉄分と融合することで生まれる深いブルー。
その土地ならではの自然作用で生まれる美しさこそが
手仕事の素晴らしさです。

現在は楢岡焼唯一の窯として楢岡陶苑の5代目、
小松哲郎さんと息子の潮さんが伝統を引き継いでいます。




ぽってりとした海鼠釉が美しい漬け物入れ。


そして土だけではなく、木による手仕事も。
秋田杉から作られる曲げわっぱも柳宗悦は称賛しています。

江戸時代には、大館の城主が豊富な秋田杉を活用して武士の
内職として曲げわっぱの製作を奨励したそうです。
こうやって大事に受け継がれてきたものの始まりには、知恵の
あるリーダーの存在が影響していることも多いですね。
土地の産物を活用して雇用を作り、地元経済を発展させる・・・
まさに今日本が必要としているリーダーの姿です。

吸湿性、殺菌効果、香りのよさなど、秋田杉のよさを引き出す
ものづくりを続ける「柴田慶信商店」では、ウレタンなどを
塗装しない無塗装の「白木仕上げ」にこだわっています。


さらにさらに秋田といえば、我が家の大好きな編組品の宝庫。
前々回「青森」のブログで写真を載せた、あけび蔓の美しい籠も
秋田のものです。

もうひとつ、ご紹介したいのが角館のイタヤ細工。
イタヤ細工とはイタヤカエデの若い幹の樹皮で作った編組品です。

先日私がもやい工藝にて一目惚れし、思わず注文してしまったのが
こちらの手さげ。




くるみと山葡萄の組み合わせが面白く、色のコントラストも素敵です。
出来上がるのを待つ楽しみも手仕事ならでは。

まだ憧れているだけではありますが、くるみの大きな籠もいつか
使ってみたいもののひとつです。




これらが作られている角館イタヤ工芸には、若い女性の職人さんも仕事
されていて、今後もこの美しい手仕事たちが受け継がれていくことに
喜びを感じます。

名残惜しくも、この辺で日本の伝統盛りだくさんの秋田をあとにします。

参考文献:民藝の教科書 グラフィック社
写真:もやい工藝のブログより

2014年7月4日金曜日

土と水を伝えること





私が死ぬときには「もっと土を」と口にするかもしれません。

そのくらい、土が減っていく大都市の現状に危機を感じます。

都内のマンションに住んでいたら、土をまったく踏まずに生活するのが
当たり前ということもあり得ます。

我が家の小さな小さな庭でさえ、土を掘り起こせば何百、何千という
命に出会います。

私たちは

もっと容易に遠くまで移動するために
切り出した木を運ぶ道のために
美しい景観から雑草を排除するために
削った山が崩れないように

命を育む土を
コンクリートやアスファルトで埋め尽くすことに一生懸命。

いま残っている土さえ、農薬や化学物質、放射性物質で
汚されつつあります。井戸水が飲めなくなった国。

土と水が自然のままであれば、人間の心もからだも自然。
命の誕生と消滅に包まれた宇宙である土から、
こどもたちは何を学ぶでしょうか。

生と死があたりまえに起こっていること。
自然の厳しさ。人間だけの世界ではないこと。
地球が相互のバランスと調和で成り立っていること。

100年後に美しい土と水が残っている国と残っていない国。
どちらが美しく、子孫たちの繁栄をもたらし、
利益を与え、健康な心を与えるか・・・

そんなことも想像できない大人たちが、国を治めようと
しているのです。

もし現代の技術や知識をもったまま、日本の土と水の量や質が
200年前の状態に戻ったら、現代人が抱える多くの悩みは
解消されるのではないかと思います。

こどもたちに土と水の強さと美しさを伝えること。
もっとも大切なことのひとつだと私は思います。

2014年6月17日火曜日

ぱぱとままに希望を





以前「ぱぱとままになるまえに」という団体のイベントで
お話しさせてもらったことがきっかけで知り合った、
代表の西出博美さんと先日鎌倉でランチしました。

西出さんはまだ結婚も妊娠もしていない方たちが
抱いている“なんとなく不安” “何が不安なのかもわからない”
という気持ちを少しでも前向きに変えられるよう、
若くしてこの団体を立ち上げました。
そして定期的にイベントを開催し、さまざまな年齢、性別、
立場の方たちがお互いの持っている不安や、経験してきた
ことなどを気構えずに話し合える場を提供しています。

確かに現代では毎日のように虐待や赤ちゃんを捨ててしまう
といったニュースが流れているし、学校で習うことも「避妊」が
中心。まわりには離婚している夫婦が溢れているし、自分で
稼ぎながら好きなことを好きなだけやれる環境も整っていて、
男性が結婚や出産をがんがんリードしてくれることもない・・・

そんな中で自由が束縛されそうな結婚、出産を選ぶほうがむしろ
勇気のいることなのかもしれません。

でももし結婚や出産で喜びを感じた人の話を聞けたら。
子育てや夫婦関係で悩みを抱えている人が改めて若い人たちに
自分の経験をシェアできたら。
結婚や出産を選択しなかった方たちのメッセージを聞けたら。

結婚を経験していない男女。
結婚はしているけど妊娠に不安を抱いている人。
出産間近の人。
子育て中の人。
子育てを終えた夫婦。

みんながみんな、不安や要望を抱えています。
「ぱぱとままになるまえに」は、そのすべての立場の人が
意見を交換しあうことで、よりよい環境を作り出そうという
コンセプトのもと、運営されています。
西出さん自身、未経験の結婚や子育てに不安を抱きながら未来を
模索中。何よりすごいな〜と思うのは、彼女の
「みんなのありのままを受け入れる姿勢」。
若い学生さんから、おばあちゃん助産師さんまで、いろんな人と
かかわり合って経験と知識を積んでいます。
そんな姿を見て、改めてこの試みを応援したいと感じました。

どこかで聞いたことですが、日本は稀に見る「子供を大切にする」国
だったそうです。貧しくても子供たちが大切にされ、教育を重視し、
子供にまつわるお祝い事もたくさんあった日本。
子供たちは大人の都合で「産む」のではなく、本能と自然の力で
「産まれる」宝だったはず。

さらに昔の家庭は3世代同居が当たり前だったから、結婚、妊娠、出産
子育てが当たり前のように目の前にあって、みんなで助け合っていました。
すべての過程が「人生の当たり前のイベント」として起きていたわけだから
不安や迷いもあまりなかったのではないかと思います。
そんな「目の前で見て、聞けて、助け合える」環境をもう一度現代に
作ることができたら、最高です。

すべての立場の大人たちが、子供たちを宝と思い、子供たちのための
社会を築けるような日本になれば、あるべき経済や法律や教育や環境の
姿が自ずと見えてくるように思えます。

秋の初めに鎌倉で「ミニぱぱままセッション」を行おうと計画中です。
参加してみたいな〜と思う方はFacebookなどでお知らせください。

2014年6月12日木曜日

手仕事の日本めぐり:岩手


岩手県にもさまざまな伝統の手仕事があります。
まず思い浮かべるのが盛岡の南部鉄器ではないでしょうか。

南部鉄器は、慶長年間に茶の湯を好んだ南部藩主の南部氏が
京都から呼び寄せた職人に鉄器をつくらせたことにはじまる
そうです。そして茶の湯の文化とともに発展してきました。

そして現在その中心を担うのが「薫山工房」。
伝統を守りつつ世の中のニーズに合わせてIH対応型を作ったり
ウェブサイトを作ったり、デザイン面でも誰もが使いやすいもの
にこだわっています。

私がいいな、と思ったのはこちらのデザイン。
本当にシンプルなのに、すごい存在感です。

南部鉄器を作る工程では、鉉(つる)=持ち手を作る鉉師と
釜を作る釜師のすぐれた仕事が融合して、いい鉄瓶が生まれる
そうです。昔から手仕事はこうした専門的な仕事を分業体制で
請け負ってきました。分業が客観性を生み、作品性よりも
実用性を高めていったという話にものすごく納得しました。
そこがまさに民藝であり、手仕事である所以。


ほかにも岩手には漆器や焼き物、さまざまな手仕事が残って
いますが、もうひとつここでご紹介したいのは、桶。

宮古市の山奥で25歳のときから桶作りの修行をはじめた
という「南部桶正」の奥畑さんが作る桶には、いっさい
接着剤が使われていません。伝統的な技法にこだわり、
竹の端材から切り出した合釘でつないでいるため、高い
技術が求められるそうです。また、木の呼吸を妨げる塗装も
まったく施さない、本当に自然の中から生まれた桶なのです。

もうひとり、昔からの技法で桶を作っているのが久保久志さん。
素朴で自然な風合いの桶にお湯を入れると、お湯がやわらかく
なるとか。
我が家でもお風呂で手桶を使っています。

久保さんの作った品々は「もやい工藝」のサイトでも
ご覧いただけます。





さらに岩手といえば、工藝店の代表的存在でもある「光原社」。
いま私が最も行ってみたい場所のひとつです。

日本の歴史と風土を色濃く感じる東北の旅はまだまだこれから。

参考文献:民藝の教科書 グラフィック社

2014年5月31日土曜日

奇跡ふたたび





まさかまた新しい命を宿すことになるとは。

思いもよらないことでしたが、予定日は父の命日の3日後。
一周忌を迎える頃に、また新しい命がうまれるなんて
天の思し召し、というか父と麓の思し召しとしか思えません。

6年前の9月9日、初めての妊娠で産婦人科を受診したとき
ぴこぴこ、と動く小さな小さな心臓を見て涙を流したことを
今でも覚えています。

あれから6年。本当にいろんなことを経験して迎えた
4度目の妊娠。今までとはまた違う感動。

また新しい命と出会えたのは、あたたかく見守ってくれた
友人たちと家族、そして誰より夫のおかげ。
6年間でこんなにも命を宿すありがたみを感じられる
ようになったのは、麓のおかげ。
私が笑顔で毎日を過ごせるのは二人の子供たちのおかげ。

二人子育てしながらの妊娠はなかなか大変ですが
少しずつ膨らんできたお腹にものすごい愛おしさを
感じながら過ごしています。
ああ、本当に私たちのところに来てくれてありがとう!



来年は息子が描く絵も人数が増えるかな。
あと5ヶ月、お腹にいっぱい愛情を注ぎたいです。

2014年5月17日土曜日

手仕事の日本めぐり:青森


ようやく東北への旅がはじまりました。

「手仕事の日本」で柳宗悦は「東北人の暮らしには
非常に富んだ一面のあることを見逃すことが出来ません。
そこでは日本でのみ見られるものが豊かに残っているので
あります。従ってそこを手仕事の国と呼んでもよいで
ありましょう。」と述べ、かくも手仕事が残っている
理由を3つ挙げています。

ひとつは中央の都から遠いため。
ふたつめは気候や風土のため。
みっつめは雪の季節が長いため。

「東北は日本にとって実に大切な地方であります」と
語られるほど手仕事が豊富であった東北地方。今では
どんな手仕事が引き継がれているのでしょうか?

まずは青森に足を運んでみたいと思います。

青森といえば「こぎん刺し」。
北国の農民が麻しか身につけることができなかった
江戸時代、布の隙間を埋め少しでも保温性を高め、
かつ丈夫で長持ちさせるための知恵としてこぎん刺しが
生まれたそうです。そこからこんなに美しい模様が生まれる
とは!日本人の女性が持っていたセンスと創造力には
驚くばかりです。
子育てが落ち着いたら挑戦したいことのひとつです。





さらに自然をそのまま生かした手仕事といえば編組品が
頭に浮かびます。

疲弊していく編組品も多いなか、日々注文に追われる
のが「宮本工芸」。
ここでは現在社内外で約25人の職人さんと契約し、
積極的に育成も行っているそうです。
一人で製作を続けるだけではなかなか継続されない
手仕事の現状を打破する新しいスタイルの生産体制が
必要とされています。

買い物かごとして人気の高い山ぶどうやあけび蔓。
使えば使うほど味の出る手さげをもって買い物に
行きたいものです。

そして青森といえばりんご。りんごの収穫には今でも
竹かごを使う方が多いそうです。一時はプラスチックに
取って代わられそうになったのですが、強靭で粘性の
ある根曲竹のかごのほうがりんごの肌を傷めないのだ
そうです。
また、養殖したホタテを湯につけて蒸したりする際にも
竹かごが使われるとか。
まさに暮らしのなかで生まれた美しいもの。

昭和5年に生まれ、若い頃から竹製品の制作・販売に
携わってきた三上幸男さんの記事が手仕事フォーラムの
サイトでお読みいただけます。

農業・漁業が機械化されていく中で減りつつあるかごの
需要ですが、日々の暮らしに取り入れることで日本の大切な
伝統が受け継がれていくことでしょう。





我が家で使っているあけび蔓のかごは秋田県のものですが
本当に丈夫で子供が入って遊んでもなんのその。

写真と参考文献:民藝の教科書4 かごとざる

2014年5月11日日曜日

鹿児島 2014





鹿児島は阿久根にやってきました。

叔父の家の敷地内にある空き家に2週間滞在します。

鎌倉も自然の多い場所ですが、やはりスケールが
違います。海も山も、命でいっぱいです。

すれ違った中学生が「こんにちはあ!」と
挨拶する気持ちよさ。

子供達は3日目にしていつもとは違う解放感を
肌で感じているようです。

すぐ裸足になって岩や木があれば登る息子。
いままで息子がやる危ないことを「やめなさい」と
止めたことはほとんどありません。もちろん
見守りサポートすることは忘れません。おかげで
自ら少しずつ危険を確かめられるようになりました。





昨日も今日も誰もいない磯辺で遊びました。

潮だまりにいる小さなエビをたくさん捕まえて
持って帰ろうとすると、息子が一言、

「そのエビどうするの?」

私:「帰ったら揚げて食べるよ」

「かわいそうだから海に帰してあげたい」

私:「いつも食べてる魚も肉もみんな生きてたんだよ」


と突然どこかで聞いたことあるような命の授業開始。

結局持って帰ることに納得し、家で一緒に調理しました。

おいしい、おいしいとみんなで食べた後、

「生き物が体の中に入って僕の体の一部になる」
「命は僕の中で生き続ける」
「命をいただくことに感謝して食べる」
ということを自分の言葉で理解していました。

濃密な時間のはじまりです。

2014年5月7日水曜日

no race for the prize





母が高校生のとき、ある先生がこう言ったそうです。

「おまえたちは生まれてきた時点ですでにものすごい
競争を勝ち抜いてきた。だから自分に自信を持て。」

男性が1回に射精する精液の中には、2~5億もの精子が
含まれているそうです。その大半は、子宮頸管の粘液や
子宮内膜の白血球のために死滅し、無事に卵管の上の方に
たどり着けるのは、100にも満たないそう。さらに
着床出来るのはほとんどが1つ。

そんな奇跡を経て生まれてきた私たち。

自分自身の成長においても、子育てにおいても、つい
人と比べたり、競争を意識してしまう私たち。

生まれてきたみんなが、同じくらいすごい。
そして生まれてこなかったみんなの上に在る
「有り難い」命。

かけっこやテストをなくすとかいうことではなく。
比較からうまれる価値観じゃなくて、もののけ姫風に言えば
「曇りなき眼(まなこ)で見定め、決める」ような人生で
あってほしいと思います。

毎日イライラしたり、疲れることも多い子育てですが
ときどき命に思いを馳せ、心を落ち着かせています。

2014年5月6日火曜日

あの場所へ





手仕事をめぐる旅がなかなか再開しない日々ですが・・・

今週から2週間鹿児島の阿久根に滞在する予定です。

父が小さい頃に住んでいた場所に今は空き家があり、
現在は叔母が畑仕事に使っているのですが、その家に
私たちはこれまで2度滞在しました。

いろいろな思い出のつまった家に、また戻ります。

どこまでも続く緑と、どこまでも続く海のある場所。
こどもたちの心が解き放たれる場所。

なかなか更新できないと思いますが、ときどきブログに
写真などを載せたいと思います。

6月からはFUMOTO KIDS CLUBも再開予定です。



2014年5月3日土曜日

ドンゴロス





ドンゴロス、とは農作物などを入れる目の粗い麻袋のことだそうです。

「アトリエぬいや」から我が家に連れて帰ってきた飾り布の生地には、
南米でお米などを入れるために使われていた麻袋が使われています。

モノのない時代、浜松の染色家・山内武志さんは生地が手に入り難かった
ため、ドンゴロスのコメ袋を安く手に入れて染めていたそうです。

山内さんといえば型染めの作品を思い浮かべますが、この飾り布は
生地を折りたたんで板に挟み、締め付けて染めた「板締め絞り」。

繊細で日本らしさを感じさせる型染めの数々を見た後で、力強く、
素朴で多国籍な印象をもつこの布を見たときの衝撃は大きかったです。
手仕事フォーラムのブログでも紹介されていたのを見て、ますます
連れて帰りたくなってしまいました。

部屋に飾ってみると、やっぱり、とても、素敵です。
麻の不揃いな生地、暖色と紺のコントラストが部屋に温もりを
与えてくれます。

不思議なものでたくさんの手仕事や民藝にまつわるものを見ていると
より「力強さ」を感じるものが魅力的に感じられるようになってきました。

感性は人それぞれですが、時代を生き抜く力強さを見出す目を磨いて
いきたいと思います。

2014年4月27日日曜日

芹沢銈介:ふるさとへの思い




念願の静岡市立芹沢銈介美術館に行ってきました。
展示は「ふるさとへの思い」。

芹沢銈介の展示を見るのは初めてだったのですが、その
美しさに圧倒され、仕事に対する姿勢に終始感動しました。

絵や紋様の質の高さと色彩感覚。
緻密な観察とスケッチが大らかさと自由さと
あたたかさをもった型染に昇華する様。

芸術家としてというより、ひとりの職人として沢山の
人からの依頼を受けて謙虚に制作を続けていた姿勢。

作品の幅広さと、様々な価値観を受け入れる感受性と好奇心。
「富士と雲文のれん」の悟ったような簡素さと「津村四季文着尺」
に見られる詩情にあふれた世界が同時期に存在するという
懐の深さに感銘を受けました。

作品の一部を芹沢銈介美術館のサイトでご覧いただけます。





「御滝図のれん」
なんという清々しさ!




「擦りぼかしカーテン地」
芹沢銈介がマリメッコのテキスタイルに刺激されて作られた
ものだそうです。生で見ると本当にあたたかい作品でした。


以下芹沢銈介美術館サイトより抜粋:

作家・川端康成は、「芹沢さんの五十年の仕事は世にひろがって、
芹沢銈介の日本があると思えるほどになっている」と評しましたが、
まさに芹沢は、日本をつぶさに観察して表現し、自分自身の日本を
生み出した人ともいえるでしょう。

抜粋ここまで-------------------

展示を見たあと、改めて「日本は素晴らしい」と思えました。

その後芹沢銈介のお弟子さんのひとり、型染作家山内武志さんの
お店「アトリエぬいや」に行きました。
初めて行った友人も大感激、わくわく心躍る作品がいっぱい。
山内さんの作品と一緒に世界中から収集されたフォークロアな
ものが展示・販売されています。





確実に師匠の心と感覚を受け継いでいることを感じました。

2014年4月23日水曜日

時を超える美しさ





この鋏を見たとき、その美しさにはっとしました。

余計なものが何一つない、素朴な鋏。

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「飛行機のみならず、あらゆる人間が作り出した物
において、ある原理が存在することを考えたことが
あるだろうか?
物を作る上での人間の生産活動、計算や予測、図面や
青写真を制作するために費やした夜などはすべて、唯一
にして究極の原理『シンプリシティ(単純性)』を追求
した物ができ上がることで完結するということを。

そこに達するためには、まるで自然の法則が存在
しているかのようだ。
つまり、家具、船の竜骨、飛行機の胴体などの曲線を
人間の胸や肩の曲線が持つ根源的な純粋さに少しでも
近づけようとするために、職人たちは何世代にもわたって
試行錯誤を重ねるべきであると。
何においてであれ『完全』とは、すべてを脱ぎ去り、
ありのままの姿に戻ったとき、つまり、加えるべきものが
なくなったときにではなく、取り去るものがなくなった
ときに達成されるのである」

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フランスの飛行家アントワーヌ・ドゥ・サンテグジュペリの
デザインに対する考え。
その考えを体現するような鋏だと感じました。

この鋏は種子島で1000年以上続く1軒の鍛冶屋で作られて
います。昔ながらの木炭で火をくべて鉄を打っているため、
一日に4〜5本しか作れないそうです。

手にすると、軽くもなく、重くもない程よい重量感。
もちろん、切れ味は抜群。

かつては多くあった種子島の鍛冶屋も、純粋な手仕事の
鍛冶屋は現在「牧瀬種子鋏製作所」一軒のみ。
その一軒も跡継ぎがいないため37代で絶えることが
決まっているということです。
ただ、外弟子の方はいらっしゃるのでどこかでこの技が
伝承され続けていくことを切に願います。

鋏は古代から使われ続けてきた人間にとって欠かせない
道具。手を使う道具だからこそ、手仕事の温もりを
感じながら大切に使い、いつか子供に譲るつもりです。

「シンプリシティ」。「加えるのではなく取り去ること」。
人間がこの原理に立ち戻るべき時がきているのではないかと
思います。