
毎日窓から見える景色がきらきら輝いて宝物のよう。
今年の秋は特に美しいような気がします。
妊娠中に買ったおばあちゃん助産師、坂本フジエさんの本
「大丈夫やで」〜ばあちゃん助産師のお産と育児のはなし〜
を改めて読んでみました。
妊娠中と産後では目に留まる部分が違って面白いです。
共感した部分を抜粋。
「お産にはお父さんの出番がちゃんとある」
産む苦労を知らなかったら、わが子といっても、タネを
仕込んだだけですから、父親の自覚なんて、希薄なもの
でしょう。けれど、二人で苦労して産んだ子は、どうしたって
かわいく思えます。
「『お父さん忙しいから仕事休めん』は、困ります。」
私は、かつて日本中の家庭でそうだったように、お産を
家族で乗り越えて欲しい。お産を通じて、家族がつながり
直して欲しい。・・・
けど、日本の男性は仕事優先で、お産になかなか協力的に
なりませんね。
お父さんが大きな顔してお休みできるよう、社会の仕組みを
変えていかないとダメです。そうでなければ、とてもじゃない
けど虐待はなくならんと思います。
「子育てがうまく行くかどうかのカギは、お父さんが握っている」
お父さんが生き生きとしている、子どもが「お父さん大好き」って
言える、そんな家なら、子育ては安泰なんです。
「うちのだんなさん、元気ないなあ」というお母さんは、
だんなさんが男気を発揮できる場面を奪ってないか、ちょっと
考えてみてください。
「一才を過ぎたら、さぁ、お父さんの出番や。子どもが十二才に
なるまで自分の時間はないものと思ってや。」
子どもが歩くようになったら、「分離の愛情」に切り替えなければ、
世間に出ていくことはできません。
お母さんの愛情は、子どもがいくつになっても「癒着の愛情」
なんです。これは、どんなに意識しても切り替えようがありません。
ですから、子どもが一才になったら、お父さんの出番。
「分離の愛情」を発揮できるのは、お父さんしかいません。
虐待や、引きこもりといった家庭に存在する問題の原因。
すべてではないけれど、「お父さんの存在感」が一つの大きなカギ
なのではないかと感じます。
離婚や死別で「お父さんがいない」のであれば、残された者同志で
助け合って生きていこうとし、子どもの優しい心を育ててくれる
と思いますが、「お父さんがいるのに存在感がない」ことは、
子どもの心から冒険心や好奇心、外の世界に出ていく勇気を
奪ってしまうことがあるような気がしてなりません。
私の父はとても仕事熱心で家にいないことも多かったけれど、
休みの日には姉と私が小さな頃から、外に連れ出しかなりの
距離の散歩をさせてなかなか帰宅せず、母を心配させていた
そうです。姉はへとへとになるまで歩かされたとか。
そんなひとつひとつの経験が積み重なって、外に出ることの
楽しさや忍耐強さが培われるのかもしれません。
次回「ぱぱとままになるまえに in鎌倉」を開催する際には
「父の存在」がどのように今の自分につながっているか?
についても話し合えたら面白いなと思っています。
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