2014年9月28日日曜日

9月勉強会@もやい工藝 その2



勉強会後半は薩摩焼、主に苗代川焼についてのお話でした。

今では龍門司焼などで有名な薩摩焼ですが、もともと薩摩に
焼物があったわけではなく、戦国時代に朝鮮から連れて来られた
陶工たちによって独自の発展を遂げてきたそうです。

最初は白土に絵付けをして貴族向けのものだけを作っていた
薩摩焼。のちに庶民向けの日用雑器としての「黒薩摩(くろもん)」
が発展しました。

薩摩焼のお話で印象に残ったのは、日用雑器として作られた
土瓶の足についてです。

薩摩は幕末まで軍事産業に力を入れていたため、庶民の生活は
とても貧しく、住居は他の地域のように板の間中心ではなく
ほとんどが土間のような空間だったそうです。

そのような暮らしに合うよう、当時の土瓶の足は土間に合わせ
先が尖っていました。沖縄など、板の間の生活が中心の場所で
作られる土瓶の足は、板が傷つかないよう薩摩に比べて丸みを
帯びているそうです。

まさに暮らしと密着した日用雑器。
沈壽官窯、苗代川窯のことはほとんど知りませんでしたが
それぞれの窯にまったく違う歴史と特徴があることを知り
ますます父の故郷である鹿児島に魅力を感じることができました。

その土地の自然との結びつきはもちろんですが、それだけでなく
その土地の歴史、そのものが生まれた背景や社会性も含めて
ものを見ることの大切さを実感しました。

勉強会に参加するたびに、久野さんのように自らの足と目で
会得した知識を十分に語ることのできる人が他にいるだろうか、
今後存在するだろうか、とつい心配になってしまいますが
久野さん自身もそれを憂いて現在後進のために一生懸命活動
されているので、少しでもそれをお手伝いできるよう、今後も
知識を深めていきたいと思いました。




写真:沈壽官窯の土瓶。もやい工藝ブログより

2014年9月27日土曜日

9月勉強会@もやい工藝 その1


今日は夫に子守りを頼み、鎌倉もやい工藝にて学習会に
参加してきました。

テーマは「薩摩焼」でしたが、同じ九州ということで
はじめに小鹿田焼についての貴重な映像(昭和38年のもの!)
を見せていただきました。

恥ずかしながら実際の作陶現場に行ったことがないため、
今ではめずらしい蹴りろくろで器を成形していくところや
いくつものウルカ壷が次々と同じ形に出来上がっていく様を
見ただけでとても感動しました。

映像で見る小鹿田の人々の着ているものは、今の私たちとだいぶ
違うにもかかわらず、蹴りろくろや、竿と杵と臼で陶土をつく唐臼、
共同の登り窯など伝統を守り続け、現在も昔とほぼ変わらぬ姿を
小鹿田皿山の窯がとどめていることは本当に貴重なことであると
実感することができました。

久野さんのお話のなかで印象に残ったのは、小鹿田焼の窯焚きでは
通常使われる松ではなく、燃焼効率の悪い杉を使うというお話。
その理由はまず小鹿田が日田杉の産地であること。
そして小鹿田の陶土は高温に耐えられないため、松に比べ燃えにくい
杉がちょうどいいということです。
すべてにおいて選択の基準が「自然との調和」であると知りました。

窯では杉を伐採する際に出る木っ端をタダで譲ってもらえるため、
運び賃だけで済むそうです。また、伐採する側にとってもタダで
引き取ってもらえるのでとても助かるそう。
地元で採れる土と地元の素材でつくられる釉薬。水にくぐらせた
土を漉す際に使われるのも地元の杉皮。すべてが自給自足で
成り立っていて、さらにその器が全国的に知られ、認められている
というのは、今後日本の経済が目指すべき姿そのものではないかと
思いました。

前回の石見焼もそうでしたが、自然からいただいたものを決して
無駄にせず、大切に使い続ける真摯な職人さんの姿に頭が下がる
思いでした。

機械製品とは違って、火の加減などにより時として他のものと違う
仕上がりになることが民藝のおもしろさ。でもその仕上がりになった
理由ははっきりと述べられる。不規則と思われがちな自然の作用には
しっかりと規則性がある・・・
という久野さんの言葉がとても印象的でした。

伝統を受け継ぐ民窯から学べることが私たちにはたくさんあるような
気がします。

長くなってしまったため、薩摩焼についてはまた次回にします。




2014年9月22日月曜日

纏う


以前ブログ記事でも書いた、岩立フォークテキスタイルミュージム
で見た刺し子の野良着が頭から離れず、夫の破れたボードショーツを
刺し子で丈夫にしようと思い立ちました。





数時間費やしたものの、縫い目はガタガタ、そしてなかなか
縫い終わらず。。。

昔の女性の忍耐力は本当にすごい、という驚きとともに感じるのは
現代人が便利さと引き換えに手に入れた時間の費やし方。
刺し子をする時間と同じくらいの時間が、facebookや
ネットサーフィンで簡単に過ぎ去ってしまうことを実感します。

ただひたすら目の前の無償の行為に集中すること。
自分の欲を消して誰かのために成し遂げる仕事を繰り返すことが
本当の美に繋がるような気がしてなりません。

現在行われている日本民藝館の展示は「カンタと刺し子」。
告知を見ただけで溜め息が漏れました。
来月足を運んでみようと思っています。



手仕事の日本めぐりはまたまた足踏み状態ですが、今後も
何回か「服」や「布」をテーマにブログを書いてみます。

2014年9月21日日曜日

ぱぱとままになるまえに in 鎌倉




久しぶりの更新です。

以前このブログで告知していました「ぱぱとままになるまえに in 鎌倉」
がいよいよ実現します。

前回スピーカーとして参加させていただいた際、結婚や出産に
不安を抱いている方たちと接するなかで、「いろんな経験を経てきた
人たちと意見を交換し合うことで、100%明確な答えではないけれど
自分らしい答えを見つけてもらえる」ということを実感しました。
それを自分の暮らしている町でも少しずつ広げられたら・・・
そんな思いで今回「ぱぱまま」主催者であるひろみさんにお願いし、
手をあげました。

これから妊娠/出産を迎える可能性のある・なしにかかわらず、
これまで妊娠/出産を経験したことのない方や、不安を抱いた経験
のある方に参加していただければとてもうれしいです。
これまで男性1人で参加してくださった方もたくさんいたので、男性
にも今後の人生のためにぜひ参加していただきたいです。
鎌倉在住でなくとも、興味があればこちらからお申し込みください。

いよいよ妊娠34週目を迎えました。
「ぱぱまま in 鎌倉」が開催される頃には臨月の36週目に入ります。
それでもまだ何が起こるか分からない不安に包まれています。

人間は自然環境に対するのと同じように「産むこと」と「死ぬこと」
さえも自分たちの思い通りにしようと躍起になっています。
でもやっぱり「産むこと」と「死ぬこと」だけは、どうにもならないときが
あります。自分の努力で変わる部分はあるけれど、死ぬタイミングや
赤ちゃんが産まれてくるタイミングを決められないように、
自然に身を任せるしかない部分がとても多いのです。
だから「案ずるより産むが易し」という言葉があるんだと思います。

でも人間は案ずるのが大好きなのも事実。
動物や植物であれば「子を産み、育てるために存在している」と言い切れる
けれど、人間はだんだんとそう言えなくなってきています。
そんな社会のなかで子を産み、育てることはとても不安。

妊娠/出産は男性と女性が初めて接する「自分たちでコントロールできない」
出来事かもしれません。だからこそ不安がとても大きいし、その出来事が
今後の夫婦関係にも大きな影響を与えます。
そして「こうすればうまくいく」という答えもありません。
妊娠/出産にも、夫婦の支え合い方にも、たくさんのカタチとたくさんの
答えがあります。
イベントに参加してもらうことで、そのうちのいくつかのカタチに出会い、
今後の糧にしていただけたらと願っています。