2015年11月20日金曜日

宝の地図






娘の描いた宝の地図。
宝物はいっぱいつまった色、色、色。

IMAGINE。
頭の中の地図にはある素敵な世界。
想像することをやめたら、世界はねずみ色。
「モモ」みたいな灰色の男たちが世界を支配しちゃう。

CHANGE。
いろんな情報に大事な時間は奪われていく。
みんなが携帯を覗き込んでいる世界を変えなくちゃ。

SHARE。
インターネットの情報をシェアする必要はない。
誰かの意見に右往左往する必要もない。
私が知りたいのはあなたのこと。
どんな宝物を探しているの?

自分の宝の地図がどこに辿り着くか。
世界を幸せにしたいなら
まずは鏡に映った自分から。

さあクレヨンを持って
一緒に宝の地図を描きましょう。


MAN IN THE MIRROR/MICHAEL JACKSON

I'm starting with the man in the mirror
I'm asking him to change his ways
And no message could have been any clearer
If you wanna make the world a better place
Take a look at yourself and then make a change

I've been a victim of a selfish kind of love
It's time that I realize
There are some with no home, not a nickel to loan
Could it be really me,
pretending that they're not alone


目の前の鏡に映ったそいつから
この自分から変えていこう
自分の生き方を変えるんだ
誰にだってわかることだ
世の中を良くしたいと思うなら
自分自身を見つめ直して
まずはそこから変えていこう

今までは自分のことしか考えなかった
だけどいい加減もう気づかなきゃ
世の中には住む家のない人もいる
行きてくだけで精一杯でこれっぽっちの余裕もない
そんな人がいるのを知ってて
そんなのよくあることなんて
とてもじゃないけど言えないよ


訳引用:
http://oyogetaiyakukun.blogspot.jp/2012/09/man-in-mirror-michael-jackson.html

2015年10月23日金曜日

美しく柔らかい言の葉


誰かの意見を誰かが受け取り、自分の意見を返し公表する。
そんなことが日々ブログやらFacebookで見られます。

そんなとき、見ていて悲しくなるのは女性でも言葉遣いが
荒いときです。尖った言葉は人を刺激し、共感をよびやすい
かもしれません。

女性が自分の意見を主張できるようになってから、わずか
百数十年。ずいぶん変わったものだな、と。

「女っぷり」「女子」という言葉をよく耳にしますが
言葉だけが一人歩きしているような気がしてなりません。

女性は大地のようだとよくいわれますが、大地のように
広く受け止め、その土に美しい言の葉を生かしてほしい。
そう思います。

もうひとつ大切にしたいことは、感じ方の違い。

同じ人が同じものを見ても、感じ方はそれぞれ違う。
同じ子供を子育てしたとしても、ある母親は楽しいと感じ
ある母親は手をあげてしまうかもしれない。

村上春樹さんの小説「ダンス・ダンス・ダンス」にも
登場したEveryday Peopleの歌詞を思い出します。

Different strokes For different folks

でも根底にあるのは「みなふつうの人間さ」という共感。

みんな感じ方や受け止め方がちがう。
みんなに大切な命があって、みんなに心があることを
忘れないで、それがたとえクリックひとつであっても
自分がどう思うのか、しっかり向き合って行動したい。

「若者がスマホを手放せば変わる」と言った宮崎駿さん。
たくさんの物語をじっくりと読み、その中でこれでもかと
想像力をはたらかせること。
毎日毎日発信されるたくさんの情報に左右され、すぐに
行動してしまうこと。
このふたつには大きな大きな差があるのでしょう。

2015年10月9日金曜日

とにかく話しかけるおばちゃんになりたい


先日娘と耳鼻科へ行ったとき、すごい勢いで暴れている
男の子を連れたお母さんがいました。

4歳の男の子。
「あっちで本読ませろよ!」
「うるせえなこのやろう」
「はなせ、あっちいけ!」

次々と飛び出す4歳とは思えない言葉の数々に周囲は唖然です。

お母さんはとっても疲れた様子でなだめていますが
なだめる言葉は
「じゃあもう帰ろう」
「さっき約束したじゃない」
「みんなびっくりしちゃうよ」

という後ろ向きな言葉たち。
そして男の子に蹴られたお母さんは半泣きでした。

ここまではいきませんが、かつて家の中でわざと悪い言葉を使ったり
危ないことをする息子に、私もネガティブな言葉で怒っていました。

今だったら、そういうときは明るい面白そうなことを提案しないと
男子は余計こじれてしまうことが分かっているのですが・・・。
それが一対一だとなかなかむずかしい。

そして周囲の人が見て見ぬ振り、というのが何だか悲しく
勇気を出して話しかけました。

「男の子、激しいですよね。うちも上の子がそうでした。」
「え、そうなんですか!今何歳ですか?」
「6歳ですがだいぶ落ち着きましたよ」
「そうなんですねー。」
「頑張りすぎないでくださいね!」

話したところでどうなるわけでもありませんが、無関心こそ世の中を
悪くしてしまうと思うので、今後も積極的に話しかけたいです。

最近は生まれたての赤ちゃんを連れているお母さんがいると、
ついつい話しかけてしまう、かなりおばちゃんな私。
一方的に自分のことを話すおばちゃんも多いですが
「話しかけつつ聞ける」ほんわかおばちゃんになろうと思います。

2015年10月5日月曜日

久野恵一さんの言葉 ①





約3ヶ月ぶりの投稿です。
やはり時々無性に日々の暮らしで感じたことや、子育てについて
感じたことを書き残しておきたくなります。

そんなわけでメモ的な内容になってしまうかもしれませんが
またのんびりと更新していこうと思います。

今日は私が民藝・手仕事やmoyaisと関わるきっかけとなった
故・久野恵一さんの言葉をご紹介します。


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希望というものは常に持たなくてはいけないと私は思う。
人の話を聞いて、これはもう無くなってしまったとか、
歩きもしないで手仕事は終焉したと言って、その地方のことを
まるで認識しているかのそぶりを見せる、これら関係者が多い。
自分の足で歩く、見る、聞く。
さらに私たちは選び、つくるよう依頼する。
それは物に対する視点、美の視点。
それから、これから何をしないといけないかという社会に対する姿勢である。

手仕事フォーラムHPより引用:
http://teshigoto.jp/serial_report/kuno/vol18.html

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未来について絶望を抱くようなニュースや出来事が
多い毎日ですが、常に希望をもつことの大切さを教えてくれます。
いつもは冗談を言いながら面白おかしく話をしていましたが、
そんな風に人を惹き付けながら、信念と覚悟をもって民藝の
道をすすんでいた久野さんらしい言葉です。

希望を持って自分の足で歩く、見る、聞く。

ここでは手仕事について語られていますが、すべての
に共通することだと思います。
誰かの情報を鵜呑みにしがちな昨今、自分の足と目と耳で
確かめることを忘れぬようにしたいと思います。

2015年7月9日木曜日

Bridge the world





先日、故 久野恵一さんのお別れ会に参加させていただきました。
大勢の作り手の方も見え、本当に大きな人を失ってしまったのだと
改めて感じました。

久野さんは単なる一民藝店の店主ではありませんでした。
というかほとんど店にいませんでした。
月に数日以外は日本全国の窯元や作り手のもとを訪れ、
商品を選ぶだけではなく、健全な手仕事を未来に残すため
手仕事調査を行い、作り手の方と信頼関係を築き、
親身になってアドバイスをされました。
また、民藝館展への出品、展示会、雑誌・新聞掲載等を
通じて、消えつつあった多くの手仕事に光を当てました。

柳宗悦亡き後の民藝は、骨董的な「もの主義」や精神論的な
ものに傾き、民藝が特殊な世界であるかのようになってしまいました。
各地の風土の中で生まれ、生活に寄り添っていた道具は、
いつの間にか「誰の作品か?」「この作家のものだから美しい」
といったものに変わってしまいました。

本来の民藝運動が目指した「日本の良き手仕事を残そう」と
いう意志を引き継ぎ、作り手と使い手の距離を縮めるために
徹底したフィールドワークを行い、作り手が現代生活にも
対応して行けるようプロデューサー的なことを行ってきたのが
久野さんでした。いわば「かけ橋」のような人でした。

「現代に合わせること自体が悪いわけではない。大事なのは、
つくるものに地域性を反映させているか、これまでの技を
きちんと継承していけるものか、用のための造形をくみとって
いるか、ということ。この3点が、今後健全な民藝の仕事を
継続させていくための指標となる」
と久野さんは「民藝の教科書」の中で語っています。

日本の手仕事文化は、農業の衰退や環境破壊、地域の活性化などの
問題と直接つながっています。
久野さんが人生を捧げて守ろうとした手仕事という日本の文化を
本来の形で子供たちに繋げるため、私も尽力したいと思います。

そんなわけで今後はFUMOTOブログを一旦お休みして、
手仕事方面により力を入れて行こうと思い至りました。

引き続きmoyais online shopや手仕事フォーラムブログで
記事を更新していこうと思います。
FUMOTOでいくつか書いた「手仕事の日本めぐり」は今後
違う形でまとめたいと考えています。
どうぞよろしくお願いします。

2015年7月1日水曜日

共有で深まる理解





現在育児休暇中ですが、それでも家事は分担しています。

休暇中とはいえお母さんは24時間赤ちゃんのお世話をしながら
家事をこなすだけで精一杯。
産後で体が疲れているうえに夜の授乳があり寝不足続き。
でも赤ちゃんはそんなことお構い無しに昼間も泣きます。

夜、子供たちが寝付くと我が家では夫が掃除と洗濯をはじめます。
私が子供たちと横になってしまう時は皿洗いまで済ませてくれます。

早めに帰宅すれば子供たちと公園で遊び、お風呂に入り、
爪を切り、歯を磨き、絵本を読んでくれます。

子供たちが病気の時は当然のように夫が母子手帳を持って
病院へ連れて行きます。

長男が生まれてすぐに育児休暇を取得して、私と同じように
赤ちゃんのお世話をしてくれたことが今の夫の行動に繋がって
いると思います。お母さんがふだん何気なくしてあげている
「子供に必要なこと」は、実際に共有しないと気がつくことが
できません。

おっぱいをあげること以外で、お母さんにしか出来ないことはない。

お母さんにとってつらいのは、「おれには無理だ」と最初から
決めつけてしまうお父さんの諦め。
その態度は赤ちゃんにも伝わって「ママじゃなきゃだめ!」の
悪循環になります。

お母さんだってはじめから上手に赤ちゃんと接していたわけでは
なくて、毎日の積み重ね。もちろん授乳はかなり濃密な
コミュニケーションですが、離乳食がはじまればお父さんだって
そのコミュニケーションに加わることができるのです。

お母さんが子育てで疲れたとき、夫に求めるのは対話ではなく
まずは理解。
でもしっかり受け止めて理解してもらうには、同じ経験や思いを
共有していなければ難しい。そうでないと、
「へえ、そうなんだ〜!おれなんか仕事で・・・」という
大変さのアピール勝負みたいなことになってしまいがち。

子育てに理解のある企業も、最初からそうだったわけではなく
誰かの行動と努力が周囲の理解を生んだはずです。
「おれには無理」「うちの会社じゃ無理」という諦めではなく
夫婦でお互い何が必要かを共有し、環境を変えていかなければ
夫婦の理解は深まらないと思います。

2015年6月16日火曜日

なんとかなる





最近まわりに3人目を産んだお母さんが増えています。
これはとってもうれしいことです。
2人以上育てるのは確かに大変だけど、まわりに同じように
日々奮闘しているお母さんがいることは心強いです。

そんなお母さんたちに共通しているのは、いい意味で子育てを
あまり深く考えていないこと。考えすぎずにいろんな物事を
受け流せること。

2人目を妊娠するときは、なんとなく
「兄妹がいるといいから」という理由が明確にあるような
気がするのですが、3人目以降はなんというか、
「あはは、できちゃいました〜」的な感じが漂っています。

その感覚って現代の夫婦にとってすごく貴重なんじゃないかと
思うのです。将来にしっかり備えて、こどもと老後のために
貯金して、でも日々の生活は切り詰めたくないし、働きながら
何人も育てるって大変だし、自分の趣味も突き詰めたいし・・・
などいろいろ考えちゃうと子どもは1人か2人が精一杯、という風に
なりがちです。

でももし家の中でお父さんがちゃんと男として尊重されていて、
お父さんが「大丈夫だ!」って女の人を安心させていれば、
お母さんは年齢の許す限り妊娠や出産を乗り越えられる力を
もっていると思います。
私ももっと若ければあと2人は産みたいくらいです。

誰かが妊娠しているとき、私は心のどこかで
「ああ、いいな。うらやましいな。」
って、なぜかいつでも思うんです。
他の人はどうなんだろう。
そう思う女性、いるんじゃないかと思います。
それは、きっと私の本能。

「なんとかなる」っていう感覚は身体にもちゃんと伝わる。
妊娠中どんなに不安でも、お母さんがお腹の赤ちゃんに
「守ってあげるからね、心配しないで」って話しかけていれば
きっと大丈夫。

出産のときにはその感覚に身を任せるしかありません。
痛い!痛い!とんでもなく痛くて逃げ出したいくらいだけど・・・

なんとか産むしかない。

その感覚で受け流す力こそ、女らしさではないかと思います。

男も女も考えることがいっぱいの現代。
頭で考えることが身体の可能性を制限してしまうことが多々あります。
女性の「なんとかなる」的なおおらかさと、それを影で支える
男性の「いざというときはなんとかする」的なサポートが
これからの社会でより大切なのではないでしょうか。
家庭のなかでも、職場でも。

2015年6月9日火曜日

うちとそと





この時期の淡い色の紫陽花がすきです。

長いことブログを書かないうちに梅雨入りしてしまいました。
やはり3人の子育てはなかなか大変で、夜ゆっくりとブログを
書く体力がありません(泣)。

最近またまた6歳の長男と2歳の長女が赤ちゃん返り。
「やだ!」
「ママがいい」
が家の中で1日中叫ばれています。
そして2人の兄妹喧嘩もエンドレス・・・

仕事や結婚はやめることができても、赤ちゃんのいる母親は
「ちょっと今日は休みます」
「3日間ほどひとりにさせてください」
などと言えないのがつらいところです。

昨日は息子が登園拒否し、1日中子供たちと過ごしました。
赤ちゃんをおんぶして、娘を自転車に乗せて、息子と一緒に
買い物に行った帰り、近所の仲いいおじちゃんに
「今日は休みか〜?」と聞かれ、
「幼稚園行くの嫌だっていうから休ませちゃいました」
と答えると、おじちゃんが一言。
「へえ、あの子でもそんなことあるんだー。」

そして今日は数日ぶりに幼稚園へ行き、担任の先生から
「昨日は大丈夫でしたか?どうしたんでしょうね?」と聞かれ
「お母さんに甘えたかったみたいです」と答えると、先生が一言。
「えー!そんなことあるんですかー?見てみたい!」

うまれて6年しか経っていないのに、ちゃんと社会に出て
がんばっているんだねえ、息子よ。
外の世界では強いしっかり者の男の子と思われてる。

うちの中でくらい、甘えたいんだよなあ・・・

分かっているつもりなのに、いつも
「お兄ちゃんしっかりしてくれよ!」と思ってしまう私。

3人の甘えを受け止められない自分に落ち込んでいました。
でもきっと、そんなにも甘えてべったりな日々はあと数年。

そとでがんばるこどもたちを、うちでにっこり迎え入れ
「がんばったね。えらかったね。」と笑顔で言える母に
なれるよう、毎日が心の鍛錬です。

こどもたちがそとから帰ってきたときに
「ああ、うちっていいな」
と思ってもらえたら、もうそれでお母さんの役目は完璧に
果たされているんじゃないかなあ。

2015年5月25日月曜日

ひとつき





このブログでもたびたびご紹介していた鎌倉もやい工藝の店主、
久野恵一さんが亡くなってからひと月がたちました。

今日は月命日。小さなお花を持ってお店に伺いました。

力強い大皿や壺、日本人の生き方を感じとることができる編組品などを
見ていると、久野さんが遺してくれたものの大きさを改めて感じました。

写真はお店に25年以上飾ってある、鹿児島の花売りカゴ(イネテゴ)です。
このカゴを作った方はもう随分前に亡くなられていますが、その後鹿児島で
唯一の作り手となった方も昨年亡くなられたそうです。

そんな風にして、かつてはどこにでも見られたその土地特有の手仕事が
ひとつずつ消えていってしまうのかもしれません。

ただ、同じ九州にこのような素晴らしい仕事をされている方が
まだいるそうです。

久野さんがされてきたような、かつて存在していた美しい実用品について
知り、現在も地道に作り続けている作り手の方を見出し、制作を依頼し、
需要を生み、手仕事を未来につなげていくという気の遠くなるような
大変な仕事を残された私たちが力を合わせてやっていかなければ・・・

久野さんの仕事を象徴するかのような花カゴを見て、そんな風に思いました。

お店を吹き抜ける爽やかな風に、心洗われた一日でした。

2015年4月25日土曜日

ひこうき雲





4年前の4月11日にうまれて、4月28日に旅立った
次男を想ってこの曲ばかり聴いています。




ひこうき雲
作詞・作曲 荒井由実

白い坂道が空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は昇っていく
何もおそれない、そして舞い上がる

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲



ぼんやりと思い出すのは
次男、麓(ろく)がもう助からないとわかって
入院していた病室を出たときに見上げた青空が
青すぎて、とても虚しかったこと。

それから数日後、火葬場を出て煙突のけむりが
のぼっていくのを見たときに心もからだも
空っぽになってしまったこと。

でもいま、その虚しさは消えて。
いまは、わかる。


「けれど しあわせ」。


私の顔を見ながら、0歳の次女がきゃっきゃと笑い、

青い空を見上げて、2歳の長女がひこうき雲をさがし、

何も知らない幼稚園の先生に5歳の長男が「おれに弟いるんだよ」
と話して先生を困惑させる。


あの子のいのちは、あの日空をかけていったけれど
あの子のいのちは、今日もここにあります。
そして私は今日もしあわせ。

2015年4月12日日曜日

Happy Birthday Roku





きのうは麓の誕生日でした。

ケーキをTHE GOOD GOODIESでお願いしました。
かわいい動物クッキーがまわりについた甘〜い
チョコレートケーキ。





お義母さんからはたくさんのチューリップ。





長男を妊娠中、市開催の「赤ちゃん教室」で
知り合ったママ友達はいまだに毎年気にしてくれて
お庭の花を届けてくれました。

うれしいね。
よかったね。

まだまだたくさんの宝物を空から届けてくれる麓。
いつも見守ってくれてありがとう。

10ヶ月と2週間、いっしょに生きたことを
ずっとずっと忘れないよ。

2015年4月3日金曜日

感情について



*写真を変更しました 4/10


育児書を読んだことはありませんが、ネットで「こどもの叱り方」や
「こどもとの接し方」という記事を見ることがあります。
そのような記事でよく書かれているのは

「感情的に叱ってはいけない」

というもの。

「どうして母親は感情的にこどもを怒るのか?」という批判的な
記事や、「感情的に叱ったあとで、『○○くん、好きだよ』と
言ってもその子にとって良くない」という文章を見たこともあります。

それを見てわたしが思うのは・・・

感情的でもいいじゃないか!


お母さんは女で、女は感情的。

開き直り、と思われるかもしれませんが「感情的に叱ってはいけない」
ことは百も承知だし、お母さんはそれを治したいと日々思っているのです。

女性は月経を迎えてから、閉経するまで、毎月毎月自分では
コントロールのきかない感情の揺れとたたかっています。
人によって波の大きさは違うけれど。それでも多かれ少なかれ
なぜか分からないけど心が沈んでしまう日や、体調の優れない日が
あると思います。

外の世界ではなるべく感情をコントロールして、隠しているけれど
家の中ではどうしてもコントロールしきれないときがあります。

こどもと接している時も、お父さんに比べてどうしてもお母さんの
ほうが感情を出して接してしまうことが多い。

男性は頭で理解して、整理して、論理的に行動することができる
傾向があるけれど、女性はちょっと違うと思います。

でも、だからこそ、出産を感情で乗り切ることができる。
だからこそ、自分のこどもをなりふり構わず愛することができる。
こどもをひたむきに心配することができる。

その愛がこどもに伝わっているのなら、お母さんの感情を見せるのは
決して悪いことではないと思うのです。

憎しみをもった言葉を放つことや、言葉よりも暴力で伝えることは
絶対によくありません。それはこどもに闇の部分をうえつけてしまう。

でも、しっかり愛されていることが伝わっていれば・・・
むしろお母さんの日々の感情の揺れが、こどもの感受性を育て、
人の心の変化を読み取ることが出来るこどもにすると思います。

365日ニコニコ、絶対に感情で叱らない。全部論理的に説明してくれる。

そんなお父さんとお母さんに育てられたらどうでしょう。

逆にちょっと心配な気がします。

夜寝るとき、こどもの寝顔を見ながら
「今日もイライラしちゃってごめんね」と思う日々。

お母さんが日々がんばって感情とたたかっていること、
伝わればじゅうぶんなんじゃないかな。
そんな風に思うと少し楽になります。

お母さんとお父さん、全然違うからお互い必要だと思える。
ふたりの「らしさ」を大事にしてほしいです。

2015年3月26日木曜日

兆し





もうすぐ出産して5ヶ月。

隣の公園にある桜の蕾が少しずつ開きはじめました。

春の気配を感じはじめた2月下旬から、例年よりもひどい
花粉症に悩まされました。
特に目のかゆみがひどく、夜になると毎日充血。
どうやら原因は産後の疲れと寝不足のようです。

1年近く続いた娘の夜泣きがようやく落ち着いたとはいえ
赤ちゃんは3〜4時間ごとに泣き、その間も1〜2回は
息子や娘の「おしっこ」やら「お水」に起こされるので
この1年は3時間以上連続で寝た記憶がありません。

朝はどんなに疲れていても家事をしてしまう
↓
昼は夕飯のしたくをしてしまう
↓
午後は保育園のお迎え
↓
夕方〜夜はこどもたちの相手
↓
こどもたちが寝たあとはようやく自分の時間
↓
寝不足
↓
外出せずに家で家事をしてゆっくり過ごす
↓
春なのに動き回れなくてストレスたまる

という悪循環の日々でした。

はじめて妊娠したときは、産後がこんなに大変だとは
予想もしていませんでした。
今となっては1人目の産後がなんて楽だったのだ、と思うほど
赤ちゃんのお世話よりも上の二人をケアすることほうが大変
なのですが・・・

こんなに心が不安定になるとは。
こんなに髪が抜けるなんて。
こんなに夫婦のあり方が変わるなんて。

たくさんの幸せとたくさんの戸惑いが押し寄せる産後。

疲れ果てたときは赤ちゃんを布団のうえでぎゅうっと抱きしめ、
同じ布団のうえで赤ちゃんを産んだときのことを思い浮かべます。
そうすると産んだよろこびや、産まれてきてくれたありがたさが
こみ上げてリフレッシュできるのです。

ここ数日やっと花粉症がおさまってきて、さらに夫が夜
家事を手伝ってくれることになったので回復してきました。

からだが回復すると、心も同時に動く準備ができるのか
自分の今後数年間、そして数十年間のことを考えはじめました。
そんな今日心を揺さぶる知らせがあり、この春は自分の生き方に
ついてじっくり考える時間になりそうです。

ひとりだけだったら見る前に跳べることも、こどもたちがいると
時間をかけて結果を出す必要があります。いまはそれを前向きに
捉え、家族とともにすすんでいこうと思います。

2015年3月19日木曜日

春の仕込み(1)





我が家では肌の痒みにビワ葉エキスとグリセリンを混ぜた
ものを塗っています。
とくに冬の間は肌が乾燥するので大活躍。

ビワ葉エキスはビワの葉を刻んで、焼酎に半年以上
漬けたもの。
簡単にできるし放っておけばおくほど濃いエキスができて
効果も上がるので、とってもラクチンです。





最初は透明な焼酎が、だんだん茶色く変わっていきます。
今年はたっぷり葉っぱを入れて、ハーブも足してみました。

赤ちゃんの頭皮や肌のカサカサにも使っています。
アルコール度が高いため、敏感肌の場合はビワ茶の煎じ汁と
ブレンドしたものがいいらしいです。

火傷など炎症系の症状にはよく効きます。
目が痒いときにはビワ茶の煎じ汁を多めにブレンドしたものを
コットンなどに染み込ませて、目薬がわりにも使えます。

化粧水がわりにもなるので、好みのオイル・精製水と混ぜて
肌や髪にも使っています。

毎年春になると仕込む、冬に向けて欠かせないものです。

2015年3月16日月曜日

伝えるべき美しいもの





ずっとずっと、憧れていたものがついに我が家に
やってきました。

はじめて鎌倉もやい工藝で目にした時、その
美しさに心をうたれました。

手に入れなければならないという使命感も
ありました。

岩手県でつくられている「ニギョウ箕」です。

箕という道具は穀物をふるうために古くから
日本全国で使われてきた暮らしの道具です。

青森から鹿児島までほぼ共通のかたちですが
身近で採れる材料を使って作られるために素材
が異なり見た目の印象もだいぶ違います。

それらのなかでも特に優れた造形美をもつニギョウ箕。





ニギョウ(さるなし)という木の皮と桜の皮が
織りなす色合いがとても美しい。

ただ農作業の道具として使うもの。それがこんなにも
美しく作られるというところに、かつての日本人の
心の豊かさを感じます。

ニギョウ箕は日置の箕とともに日本民藝館の蒐集品に
選ばれています。この美しさに柳宗悦も魅了されたの
でしょう。

かつて農家の必需品として使われていた箕ですが
ライフスタイルの変化やプラスチックの台頭により
需要がなくなり、作り手も減ってしまいました。

用を失いつつある箕を残していくためには、私たちが
使い続けるしかありません。本来の使い方とは違っても
需要があれば作り手の「伝えていかなければ」という
意識も変わります。

サイズにもよりますが、材料を取りに行く手間など
を考えると決して高いものではありません。
新しい洋服を1枚買うかわりに、ひとつ箕を手に入れ
家に飾ってみてはいかがでしょうか。
きっと日々の暮らしが豊かになると思います。

いつか日置の箕と一緒にならべて、日本にはこんなに
美しいものがあるのだと子どもたちに伝えたいです。

2015年3月11日水曜日

再び生きる





今日はたくさんの人が祈る日。

4年前の今日を境に、たくさんの人が自分の生を
再び生きなおし

たくさんの人が新しい一歩を踏み出した。



4年前の今日、私はお腹に次男を宿し臨月を迎えました。

赤ちゃんが産まれるまで1ヶ月。
私たちはどうしたらいいんだろう。

私の頭の中は被災地の皆さんのことよりも
自分と赤ちゃんのことでいっぱいでした。

1ヶ月後の4.11。次男は産まれました。

そしてその2週間後、彼は病気で亡くなりました。



しばらく立ち直ることが出来ず
被災地の皆さんのことを考えはじめたのは、他の人よりも
ずっと遅くなってからでした。

大切な人をなくしたのは私だけじゃない。
苦しんでいるのは自分だけじゃない。

誰よりも私を慰めてくれたのは、家族を失ってしまった
被災地の皆さんの存在でした。
新聞やネットの記事で皆さんが前向きに生きようとしている
姿を見て、私も徐々に前向きな姿勢を取り戻すことができました。

私には故郷があり、愛してくれる親が生きている。
私には家があり、愛する家族が生きている。

なんとしてもまた新しい命を宿し、赤ちゃんを抱きたい。

出来る限り命を残さなくてはと
うまれてはじめて生き物としての本能を感じました。

生き物が生きる場所を美しいまま子どもたちに
残さなくてはと当たり前のことに気付きました。

どんなに子育てで大変な日々でも
今日この日を迎えると
空に、海に、還った命が教えてくれます。

明日あるか分からない日々を
明日あるか分からない命を
精一杯愛し、助け合って生きること。

美しい山を
美しい川を
美しい海を
美しい土を
美しい心を
取り戻すために知恵を使うこと。



2015年3月7日土曜日

ひとりのじかん





今日、久しぶりに1人で出歩きました。

といっても小一時間近所のスーパーに行っただけ。


それでも

自転車にひとりで乗って、自分のペースで買い物できることが
こんなに気持ちいいなんて。すっかり忘れていました。

寝不足だから週末はなんとなく家でのんびりしていたい。

3人もの子どもたちを夫に預けて出るのは何となく申し訳ない。

赤ちゃんと離れるのがさみしい。

そんな気持ちもあって、ほとんど1人で外出していませんでしたが
これから週末は少しだけでも外で1人の時間を持とうと思いました。

それだけで

なんだか爽快、リフレッシュ。子どもたちにも優しくなれる。

そういえば最初の子を産んだあとは、夫に預けてしょっちゅう
1人で海に行っていました。

今となってはなかなか海や山には1人で行けませんが・・・

子どもをひたむきに愛すお母さんにも、やっぱり1人の時間は必要!

そうすることで子どもたちに感謝するし、協力してくれた夫にも
感謝できて、お母さんの笑顔と愛情が増える気がします。

世のお父さんはお母さんに対して積極的にこう言って欲しい。

「たまには1人で出かけてきなよ」。

できれば赤ちゃんが小さいうちに、そうしてほしい。

「俺には無理だ」とか「泣いたらどうしよう」と思ってしまう
お父さんもたくさんいると思うけど、

もし1〜2時間泣き通しだったとしても、なんとかなる。

お母さんも遠慮せずにその試練をお父さんに与えてみて欲しい。

お母さんのストレスがどんどん溜まって、夫婦の会話がだんだん
少なくなって、お母さんの愛情が子どもにばかり向けられるように
なるよりは、ずっといい。

笑顔で送り出してあげれば、お母さんはとても清々しい笑顔で
家に帰ってくると思います。

ひとりの時間は、自分を見つめられる貴重な時間。
子どもがいないときには当たり前だったその時間が、どんなに
素晴らしいものに変わったか、きっと実感できると思います。

2015年2月24日火曜日

自然に則る





物事を判断するときの基準は人それぞれだと思いますが
私の場合、ある物事が健全であるかを判断する基準は

「自然にどれだけ則っているか」

です。

人間は何千年、何万年もの間自然とともに暮らしてきました。
その間、多くの知恵と技術を身につけましたが「自然に則って
生きる」という姿勢はずっと変わりませんでした。
その姿勢が大きく変わってしまったのはこの百年程度。
だから「昔の人は長い歴史の中でどうしていたか?」
を多角的に考えることがとても大切だと思っています。

最近「牛乳を飲むことはいいことなのか?」という議論を
よく見ます。そしてその答えとして「人間なのに牛の乳を
飲むことはおかしい」という意見がありました。

私のもったこの答えに対する印象は
「不思議な考え方をするもんだなあ」・・・でした。

この疑問に対する答えは、場所と時代でだいぶ変わると
私は思います。

日本人は基本的に農耕民族でしたから、豆や穀物を中心に
摂取していました。だから調味料も醤油や味噌など豆を
原料にしたものが伝統として残っています。

一方ヨーロッパの放牧を生業にしていた人々の栄養源は
牛や山羊の乳やチーズ、パンなどでした。

どちらの人々も自分たちが生きていくのに必要な分だけを
必要な時だけに自然からいただいていました。
だからその場で絞った乳を殺菌などはせずそのまま飲んで
いたし、チーズなどももちろん自然の力を借りて作った
ものでした。

日本人が食べていた味噌や醤油も自分たちが食べる分だけ
長い時間をかけて発酵させたものでした。

でも今は日本人がかつては口にしてこなかった世界中の
食べ物がスーパーで売られています。

一般的に売られている牛乳、チーズ、味噌、醤油のほとんどは
大量生産のために「不自然に急いで作られたもの」です。

需要と衛生条件を満たすために短時間高温で殺菌しているために
昔の人のように生き生きと発酵した食べ物ではなくなっています。

かつては日本の中でも、地域によって食べているものに
特色がありました。私の両親の時代でさえそうでした。
鹿児島育ちの父に聞くと「サツマイモと海のもの」。
千葉育ちの母に聞けば「菜っ葉や佃煮」などなど。
外海か内海かだけでも食べていたものは全然違うのです。

だから牛乳を飲むことは
「ある時代のある場所に暮らしていた人々にとっては
とても重要なこと」だと思います。

そして飲むこと自体よりも疑問をもつべきことは
「飲むために何が起きているか?」。

牛だって人間と同じ。妊娠していなければ乳はでないのです。
人間の人工授精によって妊娠・出産を強いられている牛は
最も過酷な労働をしているといわれています。

そんな風に、自然に則っていないことが私たちの衣食住に
たくさん存在しています。

思い出すのは、もやい工藝店主・久野恵一さんがよくお話
してくださる器についての話です。

大分県の山あいで作られる小鹿田焼と島根県の石見で作られる
石見焼。どちらも食べ物を保存するための大きな瓶を長い間
作ってきました。でも主要な道や海から遠い小鹿田では
使う陶土を薄くのばし出来るだけ軽いものが作られるように
なりました。一方海から近い石見ではどっしりと重いものが
作られたのです。

今では電車などを使えば数時間で移動できるふたつの地域に
その風土ならではの伝統的な技術と知恵が積み上げられて
きました。
日本、そして世界すべての地域に当てはまることです。
気温、湿度、土質その他あらゆる条件の違いで、生き方を
柔軟に変えてきた人間の知恵は目を見張るものがあります。

世界中と繋がるようになればなるほど、広い視点で物事を
見る努力をしなければ。

もののけ姫のアシタカが言う台詞、
「曇りなき眼で見定める」
という言葉がとても好きです。

人間中心の便利さや快適さを追求すればするほど
自然を見る眼は曇っていきます。

現代人が健やかに生きるために。
自然に還ることもできないし、自然から離れることも
できない。ではどうしたらよいのか?
子どもたちのために考えなければなりません。

2015年2月21日土曜日

その日を境に





長男が産まれる日、産婦人科に向かう車の中から見た
朝焼けです。

わずかな痛みとともに車に乗った朝。
あのとき、私はなんにも知らなかった。と今は思います。

これからどんなに長く、強い痛みが待っているのか。
そしてその後に何が待ちかまえているのか。

もし近所で見かけたお腹の大きい女性が、次に見た時
赤ちゃんを抱っこしていたらどう思いますか。


子どもがいないときの私だったら、何も思いませんでした。
全くといっていいほど、なんにも。


でも今は、いろんな思いがこみあげます。

女の人が命を産む日。
人生が一瞬にして変わる日。

それは、とてもとても壮絶な1日です。
どんなに安産だとしても、お腹に入っていた赤ちゃんが
およそ10cmの産道を通って出てくるのです。
もう決して忘れることの出来ない経験です。

そして勿論はじめて自分の赤ちゃんと出会える
感動的な出来事です。

それなのに。

数日後にはもうその思い出に浸っていられないような
日々がはじまります。

私は子どもを産むまで、出産で一番大変なのは「産む瞬間」
だと思っていましたが、そうではありませんでした。

産んだ後の傷の痛み。
はじめて赤ちゃんに吸われる胸の痛み。
母親になったという実感がないまま押し流されるように続く
はじめてだらけの事に対する戸惑い。
何度も起こされ機械的に授乳する不安な夜。
これまでになく不安定になる心。

そうやってお母さんはどんどん日々に流されながら
当たり前のように痛みも受け流し、次から次へと
やってくる心配事と格闘しながら生きています。

家で出産が行われていた時代は、赤ちゃんがお腹から
出てくるということがどういうことなのか。
お母さんに何が起きるのか。
みんなが知っていました。
そして母子ともに命がけの出来事だったから、無事でいる
お母さんは奇跡であり、元気にうまれた赤ちゃんはそれこそ
宝でした。

でもいまはお父さんさえすべてを知らないことが
多々あり、出産経験のない人は実際に経験するまで
出産を「痛いこと」くらいにしか想像できません。

お母さんたちも日々を淡々とこなしているから、他の人に
伝わりようがない。

お母さんはすごいんだぞ、と言いたいわけではなく、
自分がうまれてきたことは、どういう出来事だったのか?

人間にとってあたりまえのことだからこそ、知ってほしい。
「その1日」と、それを境に何が起きるのかを。
大変さとともに、どんなに幸せな日々なのかを。

母親になって強くそう思いはじめました。

うまれてきた、というだけですでにその人はひとつのドラマを
作り出しています。
産んだ、というだけでおかあさんはとっても大きなしごとを
終えています。「いいね!」どころか「もういいよ!」って
クリックしたいくらいです。

だからそれをたくさんの人にも知ってほしい。

女性が働きやすい職場を!とか
保育所もっと増やそう!とか
パパはもっと育児に協力しよう!
それもいいけれど。
それ以前にもっと知ってほしいことがあるような気がする・・・
うまれてきたすべての人に。

「ぱぱとままになるまえに」のような活動を
応援することもひとつ。
まわりの妊娠・出産した女性をサポートすることもひとつ。
ここで出産・子育てについて記事を書くこともひとつ。

地味ですが、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。

2015年2月20日金曜日

太陽、翳るとき





季節の境目だけはやはり体調を崩します。

前回の記事で予防接種のことを書いた日の朝、長男と長女は
予防接種を受けました。そしてその夜二人とも風邪をひきました。
やはり、ワクチンには体に悪いものもたくさん入っているのでしょう。
体が頑張って悪いものを外に出そうとしていたようです。

でも子どもは本当にすごい。
風邪をひいてもへっちゃらで、翌日にはすっかり元気でした。
ところが、その風邪が私にうつり一週間治りませんでした・・・。
産後の疲れもたまっていたんだと思います。

私に元気がなくなると、急に息子が甘えだしました。
体調が悪いときに色々要求されるのはとてもつらい。
でもじーっと寝ているわけにいかないのがお母さん。

お母さんが元気じゃないと家中のペースが乱れてしまうのです。

ああずっと寝ていたい。
子どもがいないあの頃なら朝まで目覚めることはなかったのに。
昼間もずっと寝られたのに。
でもお母さんになると・・・

いつものように出汁をとっていたり。
掃除洗濯しないと気が済まなかったり。
赤ちゃんがいれば抱っこしたり授乳したり。

そうして疲れは残ったまま。

小さい頃、お母さんがちょっと指を怪我しただけで、とっても
不安になりました。
お母さんが病気で1ヶ月入院している間、親戚の家に預けられた
ときは本当に暗い気持ちになり、家に帰りたくて仕方ありませんでした。

家にいて元気に家事をしているのが当たり前のお母さん。
太陽が雲に隠れてはじめて感じる光のありがたさ。

当たり前を続けるために、無理は禁物だと改めて感じました。

大家族で暮らしていれば、きっとそこまで太陽に依存せず
暮らせるんだろうな。

大家族世代だった親戚のおばあちゃんは

「産後1か月は横になっておきなさい」
「産後は小さい字を読んじゃいけないよ」
「産後は水仕事したらだめだよ」

なんて言ってくれました。
つまり、ほぼなんにもするな、と。

これって大家族で暮らしていた日本人が助け合って子育てしてた
からこそ言える素晴らしい言葉です。
核家族の場合、1人目ならまだしも2人目からは横になって
いられません。産後退院したらすぐ家事をする人も多いはず。

育休中でも大変なのに、仕事しながら子育てしている
お母さんたちはかなりがんばっちゃってます。
あまりがんばりすぎないで!
と言いたいです。

命をうみ、命を育てている。
もうそれだけで、十分がんばっているのだから。

2015年2月16日月曜日

予防接種のこと





インターネットでいろいろな情報を見ていると
それらの情報をある程度距離をおいて眺め、時間を
かけて消化してから受け入れる必要があるなと感じます。

たいてい世に出てきて受け入れられたり批評される
情報というのは極端なものが多いと感じるので、
それらをyesかnoで判断するのではなく、「うーん、
どちらともいえない」という意見を持つことが多いです。

いろいろな物事や感情は焔のように揺らめいていて、
風が吹けば方向を変えていきます。だから自分の頭も
ふにゃふにゃの柔軟性ある状態で情報に向き合うことが
大切。容易に情報を誰かにシェアすることは出来ないし
"○○する○つの方法"がすべての人に当てはまることは
ないと思っています。

こどもがうまれたお母さんによく聞かれるのは
「予防接種ってどうしていますか?」
という質問。

これもyesかnoで答えられない難しい質問です。

どんな化学的な薬でもそうですが、人間という自然なものに
不自然なものを入れると、からだは何らかの反応を起こします。
だから少なからず、見えないものであっても副反応はある。
でも日本人はそうやって子どもたちの生存率を高めてきたことも
事実。子どもの命にかかわることがあれば何をしたって助けたい
と思うのは親として当然です。
だから危険を予防することも正しいし、危険をおかしてまで予防
しないことも正しい。

我が家は受けなくてもいいのかな、と思いつつ最低限の
予防接種は受けさせています。
長男が小さい時、Staff Benda Bililiというバンドの演奏を
見に行ったことがあります。

Staff Benda Bililiはコンゴ民主共和国のキンシャサで路上生活を
営むポリオ障害者とストリートチルドレンからなるバンド。
その名も《ポリオ》という歌では子供たち全員がポリオの予防接種を
できるよう親たちに呼びかけています。

俺は丈夫だが、ポリオになっちまった
母達よ、ワクチンを子供に打ってくれ

下半身が動かない状態で訴えていたボーカリスト。
この歌を聴いた時に、改めて日本の衛生環境と医療体制が世界では
まったく当たり前ではないことを感じました。
そして将来子どもたちがそのような世界を旅する可能性が十分
あるということも。

生きている場所によっても感じ方は違う。
生きている時間によっても感じ方は違う。

いろんな情報を吟味して、決断すること。
予防接種すべてを受け入れる必要はなくて、必要性を判断しながら
でいいと思います。ほんとうは国がもっと正しく情報を公開し、
吟味してから推奨する義務があると思うのですが・・・

そして一番大切なのは無理がないようにすること。

小児科ではけっこうな勢いで接種をすすめてきます。
1日に何種類か接種する子もいます。

我が家では少しでも鼻水が出ていたら接種は見合わせます。
そして1回につき1種類だけ。
スケジュールは気にせずのんびりと。
接種後は決して無理させずゆっくり過ごす。

まったく接種無しでいく、という家庭もまわりに増えています。
その決断も正しいなと思います。毒性のあるものを子どもの体に
入れたくない気持ちがとてもよく分かるからです。

子どもの命を守るのは親の責任、といいますがどのように
責任を取るのかはその親によって違っていい。
命がどこでどうなるかなんて全く予想はできません。
だから少しでも迷いがなくなるように、利点も欠点も
納得した上でいろんなことを決断したいものです。

ますます周囲に母親が増えてきた今日このごろ。
yesかnoかではなく、「うちの子はこんな反応でちゃったよ!」
「うちではこうしてるよ!」など情報を集めてみて今後の
ママさんたちの参考に出来れば、と思っています。

2015年2月7日土曜日

わたしの逸品





昨日は鎌倉もやい工藝にて開催中の「手仕事逸品展」を
見に行きました。

年に1度行われる逸品展は、ちょっと珍しい出来上がりの
品々や、もやい工藝店主・久野恵一さんが参考のために
取り置いていた、少し昔の作り手の品などを集めた会です。

李朝白磁や古伊万里など、ふだんお店では見られない
ようなものも沢山並びます。

その中で私の好きな飴釉のものを見つけました。
小鹿田のピッチャーです。
おおらかでゆったりとした佇まいに一目惚れ。
値段がとても良心的だったのです。
誰が作ったものかを聞いて少し驚きました。
写真では影になってしまいましたが下のほうも飴色です。


そしてもうひとつ気に入ってしまったものも
なんとピッチャーでした。






こちらも小鹿田。
大胆で粗野なものを作ることで知られる柳瀬朝夫さんが
ずいぶん前に作ったものだそうです。

火の作用がもたらした不均一な焼きが印象的です。
最近見る朝夫さんのピッチャーより何か力強い
生命力のようなものを感じて迷いに迷って買いました。
まるで遺跡から掘り出したような佇まいです。

下の写真は我が家の新築祝いに友人がくれた朝夫さんの
ピッチャーです。すいぶん印象が違います。
お客さんがきたときはいつもこれにお水を入れて出します。






ピッチャーは水やお茶を入れても良し、花を生けても良し、
そのまま飾っておいても良し、でいくつあっても重宝します。
なかなか「これだ!」というものには出会えぬ故、ふたつ
持ち帰ることとなりました。
これから子どもたちが大きくなったらますます活躍してくれる
ことでしょう。

逸品展は今月11日まで開催しています。
お近くの方はぜひ足を運んでみてください。
ひとつひとつのものを見て、話を聞いてみるだけでも
きっと心躍ると思います。

2015年2月5日木曜日

いろんなふつう





我が家のふつうじゃないふつう。

どこの家にもそんな「普通」があるかもしれません。

あんまり大きな声で言えない(?)うちのふつうを
今日は少しだけ。

うちの子たちは帰宅した時、手を洗いません。
うがいもしません。

実家に帰ると母が子どもたちに「帰ってきたら手を洗って!」
といつも言います。子どもたちはイヤイヤながら洗います。

子どもの頃、熱を出したことはほとんどないという母。
「お母さんが子どもの頃、手洗い・うがいなんてしてたの?」
と聞くと、「・・・。そういえばしてないねえ。」

この6年間、誰もインフルエンザを発症していない我が家。
近くに発症している人がたくさんいるのに不思議です。
清潔さとはあまり関係がないのかな〜と感じはじめています。

冬、うちの子たちは1週間に1〜2回しかお風呂に入りません。
あたたかいタオルで手足を拭いたり、おしりだけシャワーで
洗うという日がよくあります。

長女は乾燥肌でお風呂に入ると痒くなりがち。
次女もそうなると嫌なので、新生児のときから2〜3日おきに
しかお風呂に入れませんでした。

今は紙オムツやおしりふきがあって、きれいにきれいに
おしりが拭けます。
昔に比べたらそれだけでも十分清潔。
なにより、私が楽です。
赤ちゃんや子どもたちを毎日お母さんひとりでお風呂に
入れるのは、些細なことだけど意外と面倒くさいのです。

そしてうちの幼稚園児は何ひとつ習い事をしていません。
息子が「やりたい!習いたい!」と言ったことがないからです。
そして私と夫も何かを習わせたいと思っていないからです。

習い事の目的はどこにあるのでしょうか。
「得意なことを見つけて欲しい」
「人よりも秀でているものを身につけて欲しい」
そんな親の思いもあるのではないでしょうか。

昔の習い事には「道」がついていました。
書道、剣道、弓道、茶道、華道・・・
それ自体を身につけることが最終的な目的ではなくて、
その「道」に入ることで人としての「心」を身につけることが
目的だったのではないかと思います。
親の元を離れ、自分の力で生きていくための道。
精神的な鍛錬によって自分の道を見つけたんだと思います。

ほんとうは今の習い事も同じはず。
昔は心ある人間としてふつうの道を歩むためのものだったけれど
今は「ふつうじゃない」人になってもらうためのものに
なっている気がします。

幼稚園児の息子にはまだ親を離れる必要がなく、
「父ちゃんと山道を歩く」こともじゅうぶん
立派な習い事です。しかもお金がかかりません。
そのうち自分で親以外の誰かに何かを習う時期がきっと
くると思います。

生まれてくる前に抱いていた母の思い。
「元気ならそれでいい。」
他の子と比べる必要はない。
みんなが無理せず元気でいるために。
これからも我が家なりの「ふつう」を探していこうと思います。

2015年1月26日月曜日

型にはまる





「型にはまる」

とは、悪い意味で使う言葉のようです。
決まりきった形式や方法どおりのもので、個性や独創性がない。

でもこの頃私の中で「型にはまる」ことも結構重要なことなのでは?
という新しい認識が芽生えています。

狂言師の野村萬斎さんを特集していた番組のなかで、野村さんが
伝統の型を体に覚えさせるという、何十年も続けた日々の稽古について
最初は「なぜこんなことをしなければならないのか?」という疑問
ばかり抱いていたけれど、「型を習得することで自由を得ることが
出来た」というようなことを語っていました。

それを聞いて私は柳宗悦の言葉を思い出しました。

民藝のものはなぜ美しいか?

守らなければいけない伝統があり、
その地域特有の風土による制約がある。

そこに不自由があるから美しさは保たれるのだ、と。

歌舞伎などに比べて装飾や小道具がとても少ない狂言では
長い時を超えて受け継がれた「型」で多くの物事を表現している
そうです。

不自由のなかで型をひたすら習得することで、その型を
自在に使えるようになる、という自由。

型にはまり、型を守り、型を使いこなすこと。

私にはそのような技もなく、ひたすら続けてきたことも
ありませんが、何事にも同じようなことが言えるかも
しれません。

仕事も子育ても家事も。
「毎日同じことの繰り返し」と思っていることでも意識の
持ちようで辿り着く場所は変わると思います。
終わりの見えない不自由のなかで努力し続けるからこそ
いつか得られる自由がきっとあるはずです。

このごろ子どもたちが寝たあと、民藝に関する文章を
ひたすら翻訳しています。日本語でも分からないことが
いっぱいある民藝の世界。
今は子育てにかかりっきりで、日本全国の美しい手仕事を
見て回ることは残念ながら出来ない日々。
でも、だからこそ出来ることもある。

若い頃はパンクを聴き(笑)、世の中に抵抗し、型に
はまらないことばかりを考えていましたが、不思議なもので
この歳になったら抵抗するより認めることのできる人に
なりたいと思い、確かで型のある物事に惹かれはじめている・・・

型、簡素さ、伝統、民藝。
若さ、反逆、年齢、寛容。
まだ頭の中ですっきりとつながっていないキーワードたち。
すべてを受け入れたいと思っているわけではない自分。

なぜここに辿り着いたのか?
いま自分はどうありたいのか?
今年はじっくり向き合ってみようと思います。

2015年1月12日月曜日

肝っ玉になれず





遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
相変わらずのスローペースですが今年もよろしくお願いします。


さすがに4回も出産したので、そろそろ肝っ玉かあちゃんに
なりたい・・・と最近まで思っていました。

私の中で肝っ玉かあちゃんのイメージは、ちょっとくらいの
心配は跳ね飛ばし、いつもどーんと構えているかあちゃん。

でも、でも・・・何人目だとしても・・・

小さな赤ちゃんが寝ているときに「本当に息している!?」と心配。

何度もくしゃみをしたときに「まさか風邪ひいた??」と心配。

お顔にぶつぶつが出来はじめると「私の食事のせい?」と心配。

ずっと泣いてると心配。ずっと寝ていても心配。

同じ経験を2回もしているから、ほっといても平気なのは
分かっているけれど、やっぱり心配なんです。

お母さんって、そういう性なんだと分かりました。
心配してしまうのは本能。

ぐっすり寝ているときでも、赤ちゃんがほんの少し声を上げたら
起きてしまう。それがお母さん。
何も気付かずぐうぐう鼾をかいて横で寝ている。それがお父さん。

我が子が風邪をひいて寝苦しそうなとき、何時間でも抱っこして
様子をうかがってしまう。それがお母さん。
まあ大丈夫だろう、とやっぱり鼾をかいて寝ている。それがお父さん。

これでもか
というくらい我が子を心配してあげられるのはお母さんだけ。

だから、それでいいじゃあないか!と今は思います。
こどもが4歳になるくらいまでは思いっきり心配していいと思います。

でもこどもが5歳を過ぎた頃から、とくに男の子の場合は・・・
お母さんの心配は胸に秘めて、なるべく声に出さないようにしたい。
お母さんの心配をぶつけてしまうと、その心配でがんじがらめに
なってしまうから。
子離れが出来ないと、親離れだってできなくなってしまう。

木登りをしていたら、下で様子を見つつ黙ってじっとがまん。

着替えるのに何分かかってんだ!というときも、じっとがまん。

「幼稚園でケンカした」と言われたら「おお、男らしいね」くらいで。

でも、でも・・・何歳になっても・・・
お母さんはいっぱいいっぱい我が子のことを心配しちゃいましょう。

それでも黙ってやさしく見守ってあげるのが、肝っ玉かあちゃん。
そしてかあちゃんの見てないところで、かあちゃんが嫌がりそうなことを
どんどんさせてあげられるのが、素敵なトウチャン。
そういうふたりを目指したい。