2015年2月21日土曜日

その日を境に





長男が産まれる日、産婦人科に向かう車の中から見た
朝焼けです。

わずかな痛みとともに車に乗った朝。
あのとき、私はなんにも知らなかった。と今は思います。

これからどんなに長く、強い痛みが待っているのか。
そしてその後に何が待ちかまえているのか。

もし近所で見かけたお腹の大きい女性が、次に見た時
赤ちゃんを抱っこしていたらどう思いますか。


子どもがいないときの私だったら、何も思いませんでした。
全くといっていいほど、なんにも。


でも今は、いろんな思いがこみあげます。

女の人が命を産む日。
人生が一瞬にして変わる日。

それは、とてもとても壮絶な1日です。
どんなに安産だとしても、お腹に入っていた赤ちゃんが
およそ10cmの産道を通って出てくるのです。
もう決して忘れることの出来ない経験です。

そして勿論はじめて自分の赤ちゃんと出会える
感動的な出来事です。

それなのに。

数日後にはもうその思い出に浸っていられないような
日々がはじまります。

私は子どもを産むまで、出産で一番大変なのは「産む瞬間」
だと思っていましたが、そうではありませんでした。

産んだ後の傷の痛み。
はじめて赤ちゃんに吸われる胸の痛み。
母親になったという実感がないまま押し流されるように続く
はじめてだらけの事に対する戸惑い。
何度も起こされ機械的に授乳する不安な夜。
これまでになく不安定になる心。

そうやってお母さんはどんどん日々に流されながら
当たり前のように痛みも受け流し、次から次へと
やってくる心配事と格闘しながら生きています。

家で出産が行われていた時代は、赤ちゃんがお腹から
出てくるということがどういうことなのか。
お母さんに何が起きるのか。
みんなが知っていました。
そして母子ともに命がけの出来事だったから、無事でいる
お母さんは奇跡であり、元気にうまれた赤ちゃんはそれこそ
宝でした。

でもいまはお父さんさえすべてを知らないことが
多々あり、出産経験のない人は実際に経験するまで
出産を「痛いこと」くらいにしか想像できません。

お母さんたちも日々を淡々とこなしているから、他の人に
伝わりようがない。

お母さんはすごいんだぞ、と言いたいわけではなく、
自分がうまれてきたことは、どういう出来事だったのか?

人間にとってあたりまえのことだからこそ、知ってほしい。
「その1日」と、それを境に何が起きるのかを。
大変さとともに、どんなに幸せな日々なのかを。

母親になって強くそう思いはじめました。

うまれてきた、というだけですでにその人はひとつのドラマを
作り出しています。
産んだ、というだけでおかあさんはとっても大きなしごとを
終えています。「いいね!」どころか「もういいよ!」って
クリックしたいくらいです。

だからそれをたくさんの人にも知ってほしい。

女性が働きやすい職場を!とか
保育所もっと増やそう!とか
パパはもっと育児に協力しよう!
それもいいけれど。
それ以前にもっと知ってほしいことがあるような気がする・・・
うまれてきたすべての人に。

「ぱぱとままになるまえに」のような活動を
応援することもひとつ。
まわりの妊娠・出産した女性をサポートすることもひとつ。
ここで出産・子育てについて記事を書くこともひとつ。

地味ですが、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。

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