2015年2月24日火曜日

自然に則る





物事を判断するときの基準は人それぞれだと思いますが
私の場合、ある物事が健全であるかを判断する基準は

「自然にどれだけ則っているか」

です。

人間は何千年、何万年もの間自然とともに暮らしてきました。
その間、多くの知恵と技術を身につけましたが「自然に則って
生きる」という姿勢はずっと変わりませんでした。
その姿勢が大きく変わってしまったのはこの百年程度。
だから「昔の人は長い歴史の中でどうしていたか?」
を多角的に考えることがとても大切だと思っています。

最近「牛乳を飲むことはいいことなのか?」という議論を
よく見ます。そしてその答えとして「人間なのに牛の乳を
飲むことはおかしい」という意見がありました。

私のもったこの答えに対する印象は
「不思議な考え方をするもんだなあ」・・・でした。

この疑問に対する答えは、場所と時代でだいぶ変わると
私は思います。

日本人は基本的に農耕民族でしたから、豆や穀物を中心に
摂取していました。だから調味料も醤油や味噌など豆を
原料にしたものが伝統として残っています。

一方ヨーロッパの放牧を生業にしていた人々の栄養源は
牛や山羊の乳やチーズ、パンなどでした。

どちらの人々も自分たちが生きていくのに必要な分だけを
必要な時だけに自然からいただいていました。
だからその場で絞った乳を殺菌などはせずそのまま飲んで
いたし、チーズなどももちろん自然の力を借りて作った
ものでした。

日本人が食べていた味噌や醤油も自分たちが食べる分だけ
長い時間をかけて発酵させたものでした。

でも今は日本人がかつては口にしてこなかった世界中の
食べ物がスーパーで売られています。

一般的に売られている牛乳、チーズ、味噌、醤油のほとんどは
大量生産のために「不自然に急いで作られたもの」です。

需要と衛生条件を満たすために短時間高温で殺菌しているために
昔の人のように生き生きと発酵した食べ物ではなくなっています。

かつては日本の中でも、地域によって食べているものに
特色がありました。私の両親の時代でさえそうでした。
鹿児島育ちの父に聞くと「サツマイモと海のもの」。
千葉育ちの母に聞けば「菜っ葉や佃煮」などなど。
外海か内海かだけでも食べていたものは全然違うのです。

だから牛乳を飲むことは
「ある時代のある場所に暮らしていた人々にとっては
とても重要なこと」だと思います。

そして飲むこと自体よりも疑問をもつべきことは
「飲むために何が起きているか?」。

牛だって人間と同じ。妊娠していなければ乳はでないのです。
人間の人工授精によって妊娠・出産を強いられている牛は
最も過酷な労働をしているといわれています。

そんな風に、自然に則っていないことが私たちの衣食住に
たくさん存在しています。

思い出すのは、もやい工藝店主・久野恵一さんがよくお話
してくださる器についての話です。

大分県の山あいで作られる小鹿田焼と島根県の石見で作られる
石見焼。どちらも食べ物を保存するための大きな瓶を長い間
作ってきました。でも主要な道や海から遠い小鹿田では
使う陶土を薄くのばし出来るだけ軽いものが作られるように
なりました。一方海から近い石見ではどっしりと重いものが
作られたのです。

今では電車などを使えば数時間で移動できるふたつの地域に
その風土ならではの伝統的な技術と知恵が積み上げられて
きました。
日本、そして世界すべての地域に当てはまることです。
気温、湿度、土質その他あらゆる条件の違いで、生き方を
柔軟に変えてきた人間の知恵は目を見張るものがあります。

世界中と繋がるようになればなるほど、広い視点で物事を
見る努力をしなければ。

もののけ姫のアシタカが言う台詞、
「曇りなき眼で見定める」
という言葉がとても好きです。

人間中心の便利さや快適さを追求すればするほど
自然を見る眼は曇っていきます。

現代人が健やかに生きるために。
自然に還ることもできないし、自然から離れることも
できない。ではどうしたらよいのか?
子どもたちのために考えなければなりません。

2015年2月21日土曜日

その日を境に





長男が産まれる日、産婦人科に向かう車の中から見た
朝焼けです。

わずかな痛みとともに車に乗った朝。
あのとき、私はなんにも知らなかった。と今は思います。

これからどんなに長く、強い痛みが待っているのか。
そしてその後に何が待ちかまえているのか。

もし近所で見かけたお腹の大きい女性が、次に見た時
赤ちゃんを抱っこしていたらどう思いますか。


子どもがいないときの私だったら、何も思いませんでした。
全くといっていいほど、なんにも。


でも今は、いろんな思いがこみあげます。

女の人が命を産む日。
人生が一瞬にして変わる日。

それは、とてもとても壮絶な1日です。
どんなに安産だとしても、お腹に入っていた赤ちゃんが
およそ10cmの産道を通って出てくるのです。
もう決して忘れることの出来ない経験です。

そして勿論はじめて自分の赤ちゃんと出会える
感動的な出来事です。

それなのに。

数日後にはもうその思い出に浸っていられないような
日々がはじまります。

私は子どもを産むまで、出産で一番大変なのは「産む瞬間」
だと思っていましたが、そうではありませんでした。

産んだ後の傷の痛み。
はじめて赤ちゃんに吸われる胸の痛み。
母親になったという実感がないまま押し流されるように続く
はじめてだらけの事に対する戸惑い。
何度も起こされ機械的に授乳する不安な夜。
これまでになく不安定になる心。

そうやってお母さんはどんどん日々に流されながら
当たり前のように痛みも受け流し、次から次へと
やってくる心配事と格闘しながら生きています。

家で出産が行われていた時代は、赤ちゃんがお腹から
出てくるということがどういうことなのか。
お母さんに何が起きるのか。
みんなが知っていました。
そして母子ともに命がけの出来事だったから、無事でいる
お母さんは奇跡であり、元気にうまれた赤ちゃんはそれこそ
宝でした。

でもいまはお父さんさえすべてを知らないことが
多々あり、出産経験のない人は実際に経験するまで
出産を「痛いこと」くらいにしか想像できません。

お母さんたちも日々を淡々とこなしているから、他の人に
伝わりようがない。

お母さんはすごいんだぞ、と言いたいわけではなく、
自分がうまれてきたことは、どういう出来事だったのか?

人間にとってあたりまえのことだからこそ、知ってほしい。
「その1日」と、それを境に何が起きるのかを。
大変さとともに、どんなに幸せな日々なのかを。

母親になって強くそう思いはじめました。

うまれてきた、というだけですでにその人はひとつのドラマを
作り出しています。
産んだ、というだけでおかあさんはとっても大きなしごとを
終えています。「いいね!」どころか「もういいよ!」って
クリックしたいくらいです。

だからそれをたくさんの人にも知ってほしい。

女性が働きやすい職場を!とか
保育所もっと増やそう!とか
パパはもっと育児に協力しよう!
それもいいけれど。
それ以前にもっと知ってほしいことがあるような気がする・・・
うまれてきたすべての人に。

「ぱぱとままになるまえに」のような活動を
応援することもひとつ。
まわりの妊娠・出産した女性をサポートすることもひとつ。
ここで出産・子育てについて記事を書くこともひとつ。

地味ですが、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。

2015年2月20日金曜日

太陽、翳るとき





季節の境目だけはやはり体調を崩します。

前回の記事で予防接種のことを書いた日の朝、長男と長女は
予防接種を受けました。そしてその夜二人とも風邪をひきました。
やはり、ワクチンには体に悪いものもたくさん入っているのでしょう。
体が頑張って悪いものを外に出そうとしていたようです。

でも子どもは本当にすごい。
風邪をひいてもへっちゃらで、翌日にはすっかり元気でした。
ところが、その風邪が私にうつり一週間治りませんでした・・・。
産後の疲れもたまっていたんだと思います。

私に元気がなくなると、急に息子が甘えだしました。
体調が悪いときに色々要求されるのはとてもつらい。
でもじーっと寝ているわけにいかないのがお母さん。

お母さんが元気じゃないと家中のペースが乱れてしまうのです。

ああずっと寝ていたい。
子どもがいないあの頃なら朝まで目覚めることはなかったのに。
昼間もずっと寝られたのに。
でもお母さんになると・・・

いつものように出汁をとっていたり。
掃除洗濯しないと気が済まなかったり。
赤ちゃんがいれば抱っこしたり授乳したり。

そうして疲れは残ったまま。

小さい頃、お母さんがちょっと指を怪我しただけで、とっても
不安になりました。
お母さんが病気で1ヶ月入院している間、親戚の家に預けられた
ときは本当に暗い気持ちになり、家に帰りたくて仕方ありませんでした。

家にいて元気に家事をしているのが当たり前のお母さん。
太陽が雲に隠れてはじめて感じる光のありがたさ。

当たり前を続けるために、無理は禁物だと改めて感じました。

大家族で暮らしていれば、きっとそこまで太陽に依存せず
暮らせるんだろうな。

大家族世代だった親戚のおばあちゃんは

「産後1か月は横になっておきなさい」
「産後は小さい字を読んじゃいけないよ」
「産後は水仕事したらだめだよ」

なんて言ってくれました。
つまり、ほぼなんにもするな、と。

これって大家族で暮らしていた日本人が助け合って子育てしてた
からこそ言える素晴らしい言葉です。
核家族の場合、1人目ならまだしも2人目からは横になって
いられません。産後退院したらすぐ家事をする人も多いはず。

育休中でも大変なのに、仕事しながら子育てしている
お母さんたちはかなりがんばっちゃってます。
あまりがんばりすぎないで!
と言いたいです。

命をうみ、命を育てている。
もうそれだけで、十分がんばっているのだから。

2015年2月16日月曜日

予防接種のこと





インターネットでいろいろな情報を見ていると
それらの情報をある程度距離をおいて眺め、時間を
かけて消化してから受け入れる必要があるなと感じます。

たいてい世に出てきて受け入れられたり批評される
情報というのは極端なものが多いと感じるので、
それらをyesかnoで判断するのではなく、「うーん、
どちらともいえない」という意見を持つことが多いです。

いろいろな物事や感情は焔のように揺らめいていて、
風が吹けば方向を変えていきます。だから自分の頭も
ふにゃふにゃの柔軟性ある状態で情報に向き合うことが
大切。容易に情報を誰かにシェアすることは出来ないし
"○○する○つの方法"がすべての人に当てはまることは
ないと思っています。

こどもがうまれたお母さんによく聞かれるのは
「予防接種ってどうしていますか?」
という質問。

これもyesかnoで答えられない難しい質問です。

どんな化学的な薬でもそうですが、人間という自然なものに
不自然なものを入れると、からだは何らかの反応を起こします。
だから少なからず、見えないものであっても副反応はある。
でも日本人はそうやって子どもたちの生存率を高めてきたことも
事実。子どもの命にかかわることがあれば何をしたって助けたい
と思うのは親として当然です。
だから危険を予防することも正しいし、危険をおかしてまで予防
しないことも正しい。

我が家は受けなくてもいいのかな、と思いつつ最低限の
予防接種は受けさせています。
長男が小さい時、Staff Benda Bililiというバンドの演奏を
見に行ったことがあります。

Staff Benda Bililiはコンゴ民主共和国のキンシャサで路上生活を
営むポリオ障害者とストリートチルドレンからなるバンド。
その名も《ポリオ》という歌では子供たち全員がポリオの予防接種を
できるよう親たちに呼びかけています。

俺は丈夫だが、ポリオになっちまった
母達よ、ワクチンを子供に打ってくれ

下半身が動かない状態で訴えていたボーカリスト。
この歌を聴いた時に、改めて日本の衛生環境と医療体制が世界では
まったく当たり前ではないことを感じました。
そして将来子どもたちがそのような世界を旅する可能性が十分
あるということも。

生きている場所によっても感じ方は違う。
生きている時間によっても感じ方は違う。

いろんな情報を吟味して、決断すること。
予防接種すべてを受け入れる必要はなくて、必要性を判断しながら
でいいと思います。ほんとうは国がもっと正しく情報を公開し、
吟味してから推奨する義務があると思うのですが・・・

そして一番大切なのは無理がないようにすること。

小児科ではけっこうな勢いで接種をすすめてきます。
1日に何種類か接種する子もいます。

我が家では少しでも鼻水が出ていたら接種は見合わせます。
そして1回につき1種類だけ。
スケジュールは気にせずのんびりと。
接種後は決して無理させずゆっくり過ごす。

まったく接種無しでいく、という家庭もまわりに増えています。
その決断も正しいなと思います。毒性のあるものを子どもの体に
入れたくない気持ちがとてもよく分かるからです。

子どもの命を守るのは親の責任、といいますがどのように
責任を取るのかはその親によって違っていい。
命がどこでどうなるかなんて全く予想はできません。
だから少しでも迷いがなくなるように、利点も欠点も
納得した上でいろんなことを決断したいものです。

ますます周囲に母親が増えてきた今日このごろ。
yesかnoかではなく、「うちの子はこんな反応でちゃったよ!」
「うちではこうしてるよ!」など情報を集めてみて今後の
ママさんたちの参考に出来れば、と思っています。

2015年2月7日土曜日

わたしの逸品





昨日は鎌倉もやい工藝にて開催中の「手仕事逸品展」を
見に行きました。

年に1度行われる逸品展は、ちょっと珍しい出来上がりの
品々や、もやい工藝店主・久野恵一さんが参考のために
取り置いていた、少し昔の作り手の品などを集めた会です。

李朝白磁や古伊万里など、ふだんお店では見られない
ようなものも沢山並びます。

その中で私の好きな飴釉のものを見つけました。
小鹿田のピッチャーです。
おおらかでゆったりとした佇まいに一目惚れ。
値段がとても良心的だったのです。
誰が作ったものかを聞いて少し驚きました。
写真では影になってしまいましたが下のほうも飴色です。


そしてもうひとつ気に入ってしまったものも
なんとピッチャーでした。






こちらも小鹿田。
大胆で粗野なものを作ることで知られる柳瀬朝夫さんが
ずいぶん前に作ったものだそうです。

火の作用がもたらした不均一な焼きが印象的です。
最近見る朝夫さんのピッチャーより何か力強い
生命力のようなものを感じて迷いに迷って買いました。
まるで遺跡から掘り出したような佇まいです。

下の写真は我が家の新築祝いに友人がくれた朝夫さんの
ピッチャーです。すいぶん印象が違います。
お客さんがきたときはいつもこれにお水を入れて出します。






ピッチャーは水やお茶を入れても良し、花を生けても良し、
そのまま飾っておいても良し、でいくつあっても重宝します。
なかなか「これだ!」というものには出会えぬ故、ふたつ
持ち帰ることとなりました。
これから子どもたちが大きくなったらますます活躍してくれる
ことでしょう。

逸品展は今月11日まで開催しています。
お近くの方はぜひ足を運んでみてください。
ひとつひとつのものを見て、話を聞いてみるだけでも
きっと心躍ると思います。

2015年2月5日木曜日

いろんなふつう





我が家のふつうじゃないふつう。

どこの家にもそんな「普通」があるかもしれません。

あんまり大きな声で言えない(?)うちのふつうを
今日は少しだけ。

うちの子たちは帰宅した時、手を洗いません。
うがいもしません。

実家に帰ると母が子どもたちに「帰ってきたら手を洗って!」
といつも言います。子どもたちはイヤイヤながら洗います。

子どもの頃、熱を出したことはほとんどないという母。
「お母さんが子どもの頃、手洗い・うがいなんてしてたの?」
と聞くと、「・・・。そういえばしてないねえ。」

この6年間、誰もインフルエンザを発症していない我が家。
近くに発症している人がたくさんいるのに不思議です。
清潔さとはあまり関係がないのかな〜と感じはじめています。

冬、うちの子たちは1週間に1〜2回しかお風呂に入りません。
あたたかいタオルで手足を拭いたり、おしりだけシャワーで
洗うという日がよくあります。

長女は乾燥肌でお風呂に入ると痒くなりがち。
次女もそうなると嫌なので、新生児のときから2〜3日おきに
しかお風呂に入れませんでした。

今は紙オムツやおしりふきがあって、きれいにきれいに
おしりが拭けます。
昔に比べたらそれだけでも十分清潔。
なにより、私が楽です。
赤ちゃんや子どもたちを毎日お母さんひとりでお風呂に
入れるのは、些細なことだけど意外と面倒くさいのです。

そしてうちの幼稚園児は何ひとつ習い事をしていません。
息子が「やりたい!習いたい!」と言ったことがないからです。
そして私と夫も何かを習わせたいと思っていないからです。

習い事の目的はどこにあるのでしょうか。
「得意なことを見つけて欲しい」
「人よりも秀でているものを身につけて欲しい」
そんな親の思いもあるのではないでしょうか。

昔の習い事には「道」がついていました。
書道、剣道、弓道、茶道、華道・・・
それ自体を身につけることが最終的な目的ではなくて、
その「道」に入ることで人としての「心」を身につけることが
目的だったのではないかと思います。
親の元を離れ、自分の力で生きていくための道。
精神的な鍛錬によって自分の道を見つけたんだと思います。

ほんとうは今の習い事も同じはず。
昔は心ある人間としてふつうの道を歩むためのものだったけれど
今は「ふつうじゃない」人になってもらうためのものに
なっている気がします。

幼稚園児の息子にはまだ親を離れる必要がなく、
「父ちゃんと山道を歩く」こともじゅうぶん
立派な習い事です。しかもお金がかかりません。
そのうち自分で親以外の誰かに何かを習う時期がきっと
くると思います。

生まれてくる前に抱いていた母の思い。
「元気ならそれでいい。」
他の子と比べる必要はない。
みんなが無理せず元気でいるために。
これからも我が家なりの「ふつう」を探していこうと思います。