我が家のふつうじゃないふつう。
どこの家にもそんな「普通」があるかもしれません。
あんまり大きな声で言えない(?)うちのふつうを
今日は少しだけ。
うちの子たちは帰宅した時、手を洗いません。
うがいもしません。
実家に帰ると母が子どもたちに「帰ってきたら手を洗って!」
といつも言います。子どもたちはイヤイヤながら洗います。
子どもの頃、熱を出したことはほとんどないという母。
「お母さんが子どもの頃、手洗い・うがいなんてしてたの?」
と聞くと、「・・・。そういえばしてないねえ。」
この6年間、誰もインフルエンザを発症していない我が家。
近くに発症している人がたくさんいるのに不思議です。
清潔さとはあまり関係がないのかな〜と感じはじめています。
冬、うちの子たちは1週間に1〜2回しかお風呂に入りません。
あたたかいタオルで手足を拭いたり、おしりだけシャワーで
洗うという日がよくあります。
長女は乾燥肌でお風呂に入ると痒くなりがち。
次女もそうなると嫌なので、新生児のときから2〜3日おきに
しかお風呂に入れませんでした。
今は紙オムツやおしりふきがあって、きれいにきれいに
おしりが拭けます。
昔に比べたらそれだけでも十分清潔。
なにより、私が楽です。
赤ちゃんや子どもたちを毎日お母さんひとりでお風呂に
入れるのは、些細なことだけど意外と面倒くさいのです。
そしてうちの幼稚園児は何ひとつ習い事をしていません。
息子が「やりたい!習いたい!」と言ったことがないからです。
そして私と夫も何かを習わせたいと思っていないからです。
習い事の目的はどこにあるのでしょうか。
「得意なことを見つけて欲しい」
「人よりも秀でているものを身につけて欲しい」
そんな親の思いもあるのではないでしょうか。
昔の習い事には「道」がついていました。
書道、剣道、弓道、茶道、華道・・・
それ自体を身につけることが最終的な目的ではなくて、
その「道」に入ることで人としての「心」を身につけることが
目的だったのではないかと思います。
親の元を離れ、自分の力で生きていくための道。
精神的な鍛錬によって自分の道を見つけたんだと思います。
ほんとうは今の習い事も同じはず。
昔は心ある人間としてふつうの道を歩むためのものだったけれど
今は「ふつうじゃない」人になってもらうためのものに
なっている気がします。
幼稚園児の息子にはまだ親を離れる必要がなく、
「父ちゃんと山道を歩く」こともじゅうぶん
立派な習い事です。しかもお金がかかりません。
そのうち自分で親以外の誰かに何かを習う時期がきっと
くると思います。
生まれてくる前に抱いていた母の思い。
「元気ならそれでいい。」
他の子と比べる必要はない。
みんなが無理せず元気でいるために。
これからも我が家なりの「ふつう」を探していこうと思います。
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