関東の旅しめくくりは栃木県の手仕事です。
私の愛読書、グラフィック社「民藝の教科書」を開いてみると
栃木県の手仕事として奈良時代から続く烏山和紙や、江戸時代に
発展した鹿沼箒などが紹介されています。
「手仕事の日本」でも柳宗悦氏が「付け根がふくらませてあって、
色糸や針金でかがり、ゆったりした大型のほうきであります。
おそらくどこの産のほうきより広くいきわたっているで
ありましょう」と記しています。しかし掃除機の普及とともに
ほうきの需要は減り、ほうきづくり専門の職人は県内でも
ほんの数人だそうです。
鹿沼箒の魅力はこちらで写真とともに紹介されています。
朝の静かな時間に美しい箒を使って床を掃くのはなんとも
気持ちがいいものです。豊かな生活とは何かを考えさせられます。
しかしなんといっても栃木県を代表する手仕事といえば
益子焼。益子焼は江戸時代1853年に開かれました。
明治以降首都圏に近いという立地を生かし、日用雑記を
大量に焼き続けた窯です。(民藝の教科書より抜粋)
そして益子焼を現在のように有名にした立役者が
濱田庄司。優れた陶芸家であり、柳の一番の理解者
だった濱田が最終的に陶芸に取り組む場所として
選んだのが益子だったのです。
その益子でいまなお柳や濱田らが提唱した「健康の美」を
表現している方がいます。多くの人が陶芸作家を目指す中
名もなき職人としてひっそりと仕事をまっとうしている
木村三郎さん。
元来かたちも装飾も簡素だった益子焼の伝統を生かしつつ
卓越した技能で全国の装飾や技法を取り入れてきたそうです。

益子の伝統的な釉薬芦沼石から取った黒釉のティーポット
ハンドルや注ぎ口の美しさにはっとします。
このやわらかいカーブは掌で作るからこそ出来る技。
木村さんの仕事場の様子は手仕事フォーラムのサイトからも
ご覧いただけます。
日本を代表する窯場の伝統が今後も続くことを願います。
流行に流されることのない健康で簡素な手仕事を守るためには
職人の存続も重要ですが、私たち「使い手」が何を選ぶか?
も大きな影響をあたえると思います。
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